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遠くでサイレンの音が聞こえる。

ぎゅっと、胸が苦しくなる。

3/11の「東日本大地震」

M9.0

スマトラに続いての世界で2番目に

大きな被害の大地震となった。




〜3月11日(金)〜

私は確定申告の為会社を休み役所へ行こうとしていた。

雑貨屋で揺れを感じ外へ出ると

道路が波打つように揺れ

屋外へ出てきた人々で道路はみるみる間に

埋め尽くされた。

私は大きくなる一方の揺れに怖くなり

その場にしゃがみ込んでしまった。

揺れが収まりすぐに母に電話するもつながらない。

駅につくと掲示板は「調整中」の文字と見合わせのアナウンス。

雑貨店ではガラスのグラスが割れ散らばっている。

私は徐々に足下からゾクゾクと怖くなってきた。

Twitterでつぶやくと、皆怖いと同様につぶやいている。

そして、役所と住まいの中間あたりでまた大きな揺れを感じて

家族全員に電話をしても繋がらない。

Twitterに入る情報は仙台の大地震と津波の被害が深刻で

日本全土が恐怖の中に撃ち落とされたようだった。

地震の恐怖と家族の安否が確認できない状況でパニックに

陥ってしまい道端で涙があふれてきてしまった。

そんな中大阪の友人が私を力強く励ましてくれた。

私は気を取り直し、役所で用を済ませた。

そして大型スーパーで食料を買いかえりがけにふと、

コンビニ前の公衆電話で電話をする男の子が目に入った。

その子が電話を済ませるや否や私は電話のもとに駆け寄り小銭を入れ祈るように

ボタンを押した。

何度目かのコール音で妹の声で「もしもし?」と出る。

安堵が胸を満たす。



「全員無事?」

「大丈夫だよ。」

「お父さん、お母さんは?」

「今、ここにいるよ。換わるね。」

「あ、亜希子か?」

「大丈夫?」

「なんとかな。すんごい揺れだったぞ。取りあえずみんな無事でお母さんも元気だぞ。

 まて、お母さんに換わるからな。」

「もしもし、あきちゃん?」

「お母さん?大丈夫?」

「とりあえずね..大丈夫、それでね...」

「あ...電話切れそう!」


プーガシャン。急いで100円硬貨を入れ再度電話をかける。


「もしもし?あきちゃん?」

「小銭あっと言う間になくなる。それで、家、大丈夫なの?」

「ガラスのコップとか壊れたものはあるけど、家は壊れてないよ。

 亜希子は仕事なの?帰れたの?そっちも大変だったでしょう?」

「今日は確定申告で休んだの。だから私は大丈夫だよ。

 確定申告に救われたよ...今日は。

 会社の人はどうかな....電車が動いてないからな....。」

「そうなの。あゆみちゃんは仕事?」

「うん。連絡とれなかったけど、たぶん大丈夫だと思うよ。

 あ...また電話切れそう、また夜電話するね!!」


ホッとして駅へ向かうとバス亭とタクシー乗り場には長蛇の列、

運転見合わせのアナウンスが駅から響いて聞こえてくる。

暗くなりかけ寒い風が吹き荒ぶ道を私は走るように家路へ急いだ。

ラジオでは帰宅困難者、余震警報、各地の震度、日増しに増えてゆく行方不明者や死傷者の数、

福島原発の破壊の恐れ、特に仙台の津波の被害、そして地元岩手の聞き覚えのある

「陸前高田の壊滅状態」、グラウンドや屋上に取り残された人を伝えるニュース、

地震の被害がいかに大きく深刻であるかを物々しく伝えるのだった。


私は最初のつぶやきからずっとTwitterでみんなを励ましたり、参考になったり

手助けになるような情報をできる限り公式リツイート(情報を自分の仲間に伝える機能)

して拡散させていた。そしてあらゆる情報もそこから得ていた。

もし、出勤していたら私も間違いなく帰宅困難者になっていただだろうから

せめてもの償いという気持ちもあってひたすらリツイートを繰り返した。

昼食とも夕食ともつかない買ってきたご飯を食べたあと急に家電が鳴り出す。



「亜希子?」

あゆみの声だった。

「大丈夫?亜希子。」

「大丈夫、外に居たけどすごい揺れで怖くてしゃがんで家族と連絡取れない時に

 パニクって取り乱したよ。」

「それで、家族と連絡取れたの?」

「うん、公衆電話から安否確認できた。あゆみは?会社?どうすんの?」

「電車止まったから帰れないよ。みんなここにいる。会社に泊まるつもり。」

「そっかー...近くの大学あるよね。

 あそこニュースで備蓄の水やクッキー毛布配布されるって言ってたけど、そこは?」

「何人かそこにいったけど、だいたいはここにいる。下手に動かない方がいいと思って。」

「そっかー。そっち揺れた?ビル。」

「揺れたー。耐震性あるからたぶんだいじょうぶだけど。」

「なんか、結構阪神大震災の教訓が生かされているみたいだよ。すごい協力的なんだよ。

 でも、中にはフラッシュバックみたいで足竦む子もいるみたいでさ...友達とかにもいる。

 心配なんだよね。」

「会社の子でもいる。泣いて震えてた。思い出すみたいだよ。ほんとうにかわいそう。」

「だって、目の前で見てたんだもんね...辛いよね。思い出さないわけないよね。」

「水とか食べ物補充してた方がいいよ。なんか...12時くらいに大きいの来るって

 Twitterで言ってたし....信憑性ないけどね。」

「え〜!やだ|こわ〜い!(コワイ〜12時に大きいの来るって〜)(ヤダーコワーイ!)」

「あ、でも、本当に信憑性ないから。でも備えはありすぎてもいいでしょ?

 私すぐ逃げれるようにバックに食べ物と水つめて枕元に置いて寝るよ。」

「私もそうする〜。荷物近くにおいとく。じゃね。」

「明日電車動くといいね。」

「そうだね〜バイバイ〜」

「うん、気をつけてねー。」



友人の安否も確認でき、ホッとしたが余震が収まらず新潟や長野でも

別な地震が起きたとラジオが声高に伝えていた。


午前中に干していた洗濯物を取り込みたたみ上げて20時頃公衆電話へ向かう。

駅前の大型スーパーとデパートが既にシャッターを下ろし、タクシー乗り場には長蛇の列。

3台ある公衆電話も人が多く並んでいた。

私は駅の反対側の改札口付近にある小さな公衆電話に並んだ。

既に無料化されていたのが分かったのでそのままかけた。


「もしもし?」

「あー亜希子か。大丈夫か?」

「大丈夫。仙台....大変な事になってるね。」

「んだぞ〜。全国大変だ〜。どれ、お母さんに換わるぞ。」

「うん、もしもし?」

「あ、あきちゃん。ご飯食べた?」

「食べた。お母さんは?」

「食べたよ。さっきゆきちゃんとあっき帰ったばかりだよ。」

「ゆきちゃん、仕事じゃなかったの?」

「職場の天井が堕ちて大変だったから、

 ある一定の人たちで後は帰っていいって言われたみたいだよ。」

「え〜?マジ?怖いね!だから、さっき電話でたんだ。あっきは?」

「あっきは今大工の仕事あって本柱建ててそのおかげで建て掛けの家崩れなかったって。

 明日その様子見てくるみたいよ。」

「そっかー。本柱って大事なんだね〜。ゆきちゃんは休みなんでしょ?」

「あっきのご実家に行くって。私は....雪崩とか怖いからあんまり行かせたくないんだけど...」

「うん....でも大丈夫なんじゃない。心配だけどさ。ゆきちゃんなら大丈夫だよ。」

「そうだよね...。亜希子は明日も休みっか?」

「うん、休み。電車動き始めてるから、会社の子も明日には帰れるといいけど。」

「そうね。でも、みんな無事でよかった〜」

「んじゃ、並んでるから切るね。」

「はいはい。」


家族の安否は確認できたものの余震と地震警報に胸騒ぎが収まらなかった。

私は余震に怯えながら眠りについた。

ただ、ラジオが真っ暗な部屋で鳴り続けていた。



〜3月12日(土)〜

翌朝、夜が明ける前4時に私は目が覚めた。

相変わらずラジオでは地震警報と安否確認方法、ガスの開け方、節電を呼びかける声

そして各地の地震情報と原発事故の様子、帰宅困難者の様子などを伝え

事態は刻一刻と変化しているのが手に取るように分かった。

私は再度Twitterにログインするとひたすらリツイートで行方不明者や地震に関する

有効な情報を流していた。

そして、6時30分家を出て公衆電話へ向かった。

コール音、しばらくして父の声。


「もしもし。」

「あ、私。どう?眠れた?」

「なんとかな...」

「停電でしょ?どうしてんの?」

「ホッカイロとストーブだ〜」

「大丈夫〜??」

「寒いけど、大丈夫だ。」

「どこで寝たの?」

「1階で寝たぞ。」

「みんなで?」

「みんなって2人でな(笑)」

「あ、そっかゆきちゃん達帰ったんだもんね。」

「んだ。どれ、お母さんに換わる。」

「もしもし?」


掠れた母の声。


「お母さん?大丈夫寝れた?私4時に目さめちゃったー。」

「あんや、寝ねば駄目だよ。でも私もドキドキって胸がざわめく。

 余震が収まらなくてぇ。」

「そう。こっちも。怖くてあんまり寝れた心地しなかった。

 今駅前だけど、電車動き始めてる....今日も出勤してる人がいるよ〜。

 こんな日に..。あゆみたち帰れるかな。」

「あきは休みなんでしょ?」

「うん。ガスが止まってボタン押しても復旧しないから9時過ぎに電話してみてもらう。

 とりあえず水は出るからそっちは大丈夫なんだけど。盛岡停電でしょ?」

「停電だけど、ガスはあるから煮炊きできるからご飯はちゃんと食べてるよ。安心して。」

「そっか。私直ぐに逃げれるように自転車のパンク修理に行ってくる。」

「そう。」

「これから他の親戚にも電話かけようと思って。」

「んだね。かけてやって。じゃね。」

「うん、夜またかけるね。」


電話を切ると私は晴れて何もなかったような朝の商店街を引き返した。

そして忙しくてできなかった、書類関係や家の片付けを済ませガスを明けてもらい

熱いお風呂に浸かった。

幸せと感謝、心地よさ、そして申し訳なさ。

そんな複雑な感情が入り交じった状態で1日ぶりのお風呂を存分に楽しんだ。

頭を洗いながら、「今も寒さに震えている人がいるんだろうな。」と思うと

何とも申し訳ない想いがこみ上げてきた。

そして、今の自分の立場に深く感謝した。

お風呂から上がり、頭を乾かし、Twitterを覗くと急におなかがへり

うどんでブランチ。

ウトウトしていると、大量のメールが届く。

高校の先輩や岐阜の友達、一緒にゲイサイに行こうと言っていた友達などなど。

それに返信して、無事を祝うもそわそわした気持ちが収まらず

Twitterがなんだか苦痛になってきた、胸が痛い、苦しい。

このままでは駄目になる!と思った私はパンクした自転車を引き摺り自転車屋へ向かった。

着いて自転車を見てもらうと、何の事はない両車輪から空気が抜けていただけであった。

私は久しぶりに風を切って自転車に乗って壮快な気分を味わった。

今日明日は自分を癒そう!と決め、食材の材料を大型スーパーで買った。

パンのコーナーは空っぽ。お寿司や弁当類も3/1しか残ってない。

午後一だったが、うららかな土曜の陽気の中その光景が

尋常ではない非日常だと言う事を物語っていた。

私は存分に久しぶりのサイクリングを楽しみ家路に着いた。

しかし、地震で揺れた地面の前を通ると胸のあたりに変な胸騒ぎがあり落ち着かない。

家に帰ると私は自宅にある保存食のカッペリー二でボロネーゼを作って食べた。

「あ、間違った。ボロネーゼはカッペリー二向かない。」

そうめんのように細いカッペリー二。

だんごのように固まりになってなかなかほどけない。

そうめんみたいに今度はスープに浸してたべよう。

そんな事を考えながら、固まりのカッペリー二にかぶりつく。

そして、食後に公衆電話で家族とあたたかい対話。

あゆみも家に帰ってこれたとの報告があり、安堵に胸をなぜおろす。

夜はひたすらボサノヴァを聴き、9時頃ラジオに切り替える。

土曜には大好きな宇多丸さんの「ウイークエンドシャッフル」が運よければやってるはず。

と思い地震情報だけのラジオをオンにしてみた。

威勢の良い宇田丸さんの声が聞こえてきた。

その日の放送は内容を変更して、その日は地震の時あなたはどうしていましたか?

「人間ナメんな!」特集でした。

深刻な中にもフフっと笑えるところがある。

不謹慎でない笑い。

これこそ私が求めた安堵感。

声が安堵を生み出す事もあるんだなとぼんやり考える。

ラジオのスタジオもCDを自動で選ぶ機械が動かないため宇多丸さんが手持ちで

持ってきたマイCDをかけており、自分も地震で大変な中私たちを励ましてくれた事に

深く感謝と尊敬の念を持つとともに、私はこの放送でだいぶ救われた。

私はラジオを消し安心して眠りについた。




〜3月13日(日)〜

遅めの目覚め。

日差しはだいぶ明るい。

福島の友人と連絡が取れる。

3人は無事。

前日、水や食料の詰め込まれたリュックを見つめ

そして部屋の荷物を見比べた時に

「結局今、私の人生はこのリュックの中にしかない。他は全て不要なものなんだ。」

と思った時に笑いがこみ上げてきた。

そして、翌日は不要なものを片付けようと心に決めていた。

私は封印していた本棚に取りかかり不要な本を10冊ほどまとめ

小松菜とひき肉のカッペリー二ペペロンを作った。

やっぱり、ペペロンにもあまりむいていなかった。

食後すぐにBook offに向かい清算してもらった。

¥610なり。

不要なものを処分し心も軽くなった私は隣の駅までサイクリングして

そのお金で軽い甘いお菓子を買い久しぶりに石神井公園へ行ってみた。

沢山の親子連れや犬の散歩、ジョギングを楽しむ人でにぎわっていた。

いつもと変わらない、でも、きっと皆本当は心に不安を抱えているにちがいない。

その不安を振り払う為に、今、ここでいつも通りにしているんだろう。

そういう他人同士なのに不思議な一体感があった。

そして私は散歩するワンちゃんに戯れ本当に心から癒された。

福島のもう一人の友達とも連絡がとれ、最高にハッピーな気分になる。

そして、友人夫婦と長電話。

旦那様が備蓄用の食べ物を食べてしまう..という笑える悩みから

この地震を通して日本は2極化していると話し合う。

同じ日本で起こった事であるにも関わらず平和ボケで他人事としてしか

今回の地震を感じる事ができない人間と

自分には被害はないが我が事のように他人を心配し思いやれる人間と。

Twitterをしていて感じた事でもあったし、チェーンメールや友人の話を総括しても

この非常事態で人間性が出たよね....と言う事を話あう。


自分の事しか考えない人はやはり、普段どんなに偉い事を言っていようとも

メジャーであっても、いざ、こういう時に行動に出てしまう。

あ、この人やっちゃったな、しかも、それに気付いてないな、マヅイな。


私がすごいな、と思ったのはホリエモンと葉加瀬太郎さん。

ホリエモンは自分の所にきた、助けて下さい!というメールをひたすらリツイートし続けてる。

無視したり、辞めたりせず、今もなおずっとやりつづけている。

そして葉加瀬太郎さんもロンドンに居ながら、ずっと日本が大変になった事に胸を痛め

同じく正確でかつ的確な情報、拡散希望の助けてツイートをひたすらリツイートしてる。

他にも、松田優作の奥様、水泳の北島康祐さんなどもエールを送り続けている。

また、史上最強に大都市で大災害が起こったのにも関わらず

暴動なども起きずに冷静に行動している国民性に海外からも

日本人の評価がすごく高くなっている。


私は今日、実は無関心で無感動な若者達を「コアシェイク」する

何か心に火をつけるような内容の日記を書こうと思っていた。

平和ボケで、他の国の出来事に無関心な若者が多くなってきている日本は

私には第二の鎖国状態に思えたならなかったからだ。


不思議な事に、今回地球自体が「コアシェイク」してしまったがしかし

日本人が捨てたもんではない事が判明した。

この「コアシェイク」で私たちは世界と今後強く結ばれるだろう。

真の意味で開国する日は近いだろう。


しかし、その一方でさらに今回振るいにかけられた平和ボケな人々はきっと

時代から取り残され化石のような存在になるだろう。


今日、私は日記を書く事をためらった。

「こんなときに.....」

でも私は書こうと思った。

こんなときだからこそ、私の地震の3日間の記録、真実を。

誰かと比べてどうこうではなく、自分が書く事でしか癒されないのならば

そうすべきだと思ったから。



そして、友人からこんな状態だからこそ絵を描いてよ、と言われた。

今はボランティアも受け付けられない状態にある、東日本の故郷の被災地。

手の震えは少し収まったけど、怖い自分に負けない為にも、描こうと思う。

そして、約束通り、被災者達の心のケアができるような素晴らしい絵を描こうと思う。


どうか、1人でもいいから私の絵を見て癒される日がきますように。


津波に攫われた方々、今もなおがれき下で頑張っている方々、被爆した方々、

そのがれきを除去している自衛隊の方々、被爆を洗浄している病院の方々、

各国から来日してくれた災害派遣チーム、ボランティアの方々、助けたい一心で

あらゆるネット環境を整えている方、また各サイトで有効な書き込みをしている方々、

阪神大震災の経験を語ってくれている方々、これから何かできないか考えている方々、

そして既に義援金などを始められている企業の皆様、義援金に募金をしている方々、

最後に悲しいけれどそのきっかけをくれた地球という私たちの住んでいるこの星に

この日記を捧げます。


追悼の意と私の持ちうるすべて愛を込めて。






La leo litende leo
akieem zawadi
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無題

  • posted at:2011-03-14 13:25
  • written by:Kazumasa Yasue
短いつきあいだけど、akieemさんはblog書き込んでいると思ってました。まさに書いているような思いのもとで。
日曜日は母親が来て、友人の個展の搬出手伝って、やってることは日常なのに、空気が周りが非日常に包まれて。
akieemさんの家族が無事で何よりです。
モニター越しは映像であっても、非日常であってもそれが現実で。直接の被災者でない身としては被災してないこと、日々の生活が送れることに罪悪感を感じるけど、自分のために家族のためにみんなのために、今しかできないことをやります!

今目の前にある事が全て真実

  • posted at:2011-03-14 16:35
  • written by:akieem
今日トイレットペーパーを買うのに3件回って
やっと買えたと思ったら20分の長蛇の列。
午前10台でパンは軒並み売り切れ。
生理用品やパンパースを大量に買い込む女性の群れ。
トイレットペーパーもティッシュペーパーも
どの大型スーパーで入荷待ちの状態。

そして、津波の襲った街の写真。
感受性が強いので怖くてみれなかった写真を見て思いました。

「これ、原爆だ。広島だ。」

福島原発事故、被爆者、死傷者。
下がり続ける株。
原爆とオイルショックがWで私たちを襲ってきているかのような今の状況。

それでも、救いなのは私たちは生き延びるという強い気持ちを持って助け合っている事、お年寄りや自閉症の子供達への配慮のできる人の痛みの分かる民族であるということ。

電話、コメント、ありがとう。

協力して、日本復興していこうね!

救援物資

  • posted at:2011-03-15 15:34
  • written by:FUJIKO
ご実家も大変な時。

生活必需品で足りないものがあれば、

遠慮なしに連絡してね!!

行方不明の方の安否が早く

判りますように。。。

大丈夫だよ、ありがとう!

  • posted at:2011-03-15 18:03
  • written by:akieem
トイレットペーパーを並んでまで買った自分が恥ずかしい。
東京は被災地じゃない。

なのに。

今日スーパー言ってみたらパン、シリアル、コメ、肉、冷凍食品の棚が空っぽ。
野菜や果物が残ってる。
料理できる環境のくせに、料理しなくていいものばかり買ってる。
そんなんおかしいだろ!と思って、大根やキャベツと残り物のお菓子を買ってきた。
ほんでもって、おいしい、大根の煮付け作った。
せめてもの、買い占めしてる人への反抗と被災地の人への協力。

本当に微々たるものだけど。

ナイス!反骨精神!!

  • posted at:2011-03-16 14:17
  • written by:FUJIKO
わたしもいざという時に私欲を捨て、どこまで他利を優先出来

るかわからないけれど、出来得る限りはそうしたいな。

残り物を買ってキチンと調理したakieem、天晴れ!!

Profile

HN:
Akieem Zawadi
性別:
非公開
職業:
ARTIST
趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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