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天女と臍の緒

おはようございます!
akieem zawadiです。

昨日の夕日も真っ赤で本当にブログデザインのようなと独特な夕日でしたね。
どうして、赤い夕日は意味深げなんだろうと思う今日このごろみなさん夏風邪ひいてませんか?
昨日の予告通り今日は母と私と私の分岐点について書こうと思います。



まずは母の病気についてそろそろ書かなければいけないかもしれません。
私が母のおなかに居たときに子宮筋腫が見つかり私をおなかに残したまま
摘出手術が行われました。

きっと、事の始まりはここからだったのかもしれません。

私が卵アレルギーになり出した頃、母親が軽い手術をする事を聞いて何か腑に落ちず
術後問いただすと子宮癌だった事がわかりました。
母は普段の性格もそうなのですが痛みや苦労に対して大変我慢強い質なので
心配をかけまいとギリギリまで我慢していたのだと思います。

抗がん剤治療によって髪は抜け落ち、ウィッグをつける毎日。
薬の副作用で吐き気が出て、体のだるさを訴える、など。
私も聞いたときはただただ、ショックでどうしていいか分からずにおりました。
しかし「癌=死」と考えるのは早合点だと言う事が母を通してわかり、
帽子をプレゼントしたり母との旅行したり楽しく過ごす事を重視し時間を過ごすようになりました。

しかし、母と子というものの繋がりはもっと不思議でもっと神秘的ものなのだと思います。

前回のブログで胃腸機能がストップしてまったく消化作用が行われなかった
という内容を書いたと思いますが、後で聞いたらこのとき母は盲腸の癌になり
再入院、再手術していて胃腸機能がストップしていたと聞きました。

また今回の母の胃潰瘍の入院も私は知らずに居たのですが私自身ずっと胃が痛くて食べ物が
まともにのどを通らない、ほとんどおかゆか野菜かしか食べられない。。。
という状態が続いてたのです(今は嘘のように朝から友人と唐揚げ定食たべても平気になりました)。

これは今に限った事ではなく、度々、恐ろしい頭痛に見舞われたり具合が悪くなったりしたときなどは
決まって必ず後で電話すると母も全く同時期に同じ症状で寝込んでいた事が多いのです。

そんな時私たち親子は「繋がってるね」という話をします。
親と子というのは、特に母子というのは臍の緒で繋がったいわば分身のような存在です。
おぎゃあと産まれ、切り離された後もずっと繋がっている物なのかもしれません。


では、なぜそんな繋がりを持つ私が実家に戻り親の世話をしないのか?


という疑問がきっと皆さんの中にふつふつとわき上がると思います。

家事をこなせる父と実家近くに妹夫婦がいて世話はしてくれるので任せられるということは
確かにありますが私もその事でめちゃくちゃ悩みました。

仕事も辞め、絵も辞め、すべてを諦め、実家に帰って世話をしようと考えました。
(結果、最後はそうなるのかもしれませんが)

ぶっちゃけ、親に早く花嫁姿を見せて安心してもらいたいと思ってお見合いも一度だけしてみました。
でも彼との結婚生活が全く想像がつきませんでした。

そして、悩んで悩んで悩み通して
イベントの絵を描きながら筆を衝動的に投げつけたくなったり
胎児のように丸くなって泣きじゃくったり
友達に精神的苦痛をふつけてしまったり。。。
今月はまるで、崖っぷちに追いやられるように決断を迫られていたように感じました。


そしてあるとき、台所で洗い物をしているときにふと気づいたんです。

自分にだけは嘘はつけないと。


自分がイベント用になにげなく合いそうだからと選んだ天女の絵。
この絵には一つエピソードがあります。

私がインドへ卒業旅行へ行って、カジュラホという田舎町にある寺院にある裸体の神の絵を
いつも通っていたアジア雑貨店に絵はがきで送った事がきっかけで元電通でデザイナーをしていた
店のオーナーの目にとまりそこに勤める事になりました。

そこでの生活は今だから話せますがスタートは時給¥200でした。
いわば弟子同然の叩き上げの生活が待っていました。
チラシをまき、客を集め、接客し、そして喜んでもらい帰ってもらう。
まだまだビーズが世に出てない頃に、オーダーメードでアクセサリーを作成し色でグラデーションを
作るのがその店とオーナーのスタイルでした。

そして月日が経ち、お客様が成長し結婚する際もエンゲージリングやドレス、引き出物、
花、会場設定まで全部店で引き受けるようになり私自身もそのお手伝いをするようになりました。
引き出物の箱200個くらいを閉店後に糊付けし和紙を貼り、中に入れる和紙を用意し包む日々。
重い花用のブリキのバケツを店と式場を往復してクタクタになりながら運ぶ式当日。

ボロボロでクタクタになりながら見た、バケツの中に浮かぶ一輪の花のなんと美しかったことか。

親にめちゃくちゃ反対されましたし、金銭的にもつらく、友人の職業と比較すると雲泥の差でした。
でも、ずっと底辺で何かに突き当たるまでは辞めたくなかった。
それは、本当に自分のしたい、プライドを持って取り組める事を見つけるまでは
人からどう見えるかではなく自分がどうしたいかを優先させたかったからだと思います。

そして、友人の結婚式の席次表のイラストをまかされたときに、初めて絵をやりたいと気づき
そこから1年と経たずに上京を決め28歳で遅めの上京を果たしたのです。


きっと。


だから、今回も私は見せかけの幸せを選ぶ事をしなかったのだと思います。

縁談の話は今も来ています。
でも、私の隣に居るべき人は隣に座った瞬間に「この人だ!」と直感的に気づくような人です。
人から見て、幸せそうなのではなく自分自身がその人の隣にいるだけで癒され本当の幸を感じる人。

そういう人と出なければ、安易に結婚などしない方がいいと思ったし縁談ではそんな人は
見つからないと思った。

また実家に帰り親の世話をして夢をあきらめた、、、と言うときっと同情を誘い
ある人にとっては聞こえはいいかもしれません。
でもきっとそうしたら私は実家で鬱々となり、悔やみ続ける人生を送る事になるでしょう。

そんな人生は幸せと言えるでしょうか?

親が、特にうちの母親が望むような「子に幸せになってほしい」という
母親なら誰でも望むような願いを果たすのであれば
私はその中身を重視したい。

私は結局、絵を書き続けるという選択をした。
なぜなら、親が居なくなって私が本当に幸せを感じる職業は絵を書く事、
表現し続ける事でしかないからです。

どういう結果になろうとも、私は責任を持って自分の選んだ人生を生きて行きたいと思います。

と同時に、最後まで母との時間も有効に使いたい。
来月も会いに行ってきます。
近いのか、遠いのか分からない命のリレーのバトンを受け取るために準備をしておこうと思うから。



追伸

昨日は病気の母に送るマヌカ蜂蜜やバッチ(花の朝露を集めた食用水)の相談をayumiにしていて
夜遅くなり、そこから日記を書くも睡魔に襲われ結局翌朝になってしまい時刻が朝にも
かかわらずいつものように「こんばんわ!」と書いてしまっておりました。
お待たせした方、本当に本当に申し訳ありませんでした。

しかも、昨日も電気つけたまま布団に倒れ込んで爆睡していました。
この前などはヨガマットの上で化粧も落とさずに寝ていた。。。と言う事もありました。
皆さんが思うより実は絵を描くって言うのはとんでもないエネルギーを使います。

だから、絵を描いた後はメンテナンスをしなくてはまた、きっと私は倒れてしまうでしょう。
きちんと寝て、食べて(胃腸が復活してきました!)、yogaして、ぼんやり散歩して。。。
onoffきっちり切り替えて次に備えたいと思います。


Big kiss & Dream
akieem zawadi



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Profile

HN:
Akieem Zawadi
性別:
非公開
職業:
ARTIST
趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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