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電車の中のマリア様

こんばんわ!
akieem zawadiです。

クロージングパーティーまだまだ人が足りません><キャー!
急に告知した自分が悪いのですが。。。

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今日は「ピュア」である事、認める事について書こうと思います。


ある通勤電車で、ふとはす向かいに座っているおばさんに目がいった。
ボーダーのカットソーに白髪のショートカット、
デニムにスッピンソバカスの普通のおばさんだった。
そのおばさんが次の駅はどこか文字盤を見た顔が、美しいマリア像のそのもので
あまりの美しさに涙がこぼれてきた。

私は特にキリスト教徒でもなければ、マリア愛好家でもない。
ただ、美しいあの天に何かを求める眼差しがそこにあり
心が震えるくらい美しく
感動のあまり涙が出ただけだった。

私たちは通常、何か名画の中にしか美しいものが存在しないと思い込んでいる。
でもそれは、間違っている。

日常のふとした瞬間に美しいものは潜んでいる。
それは全く予想も着かない場所に、瞬間的に現れ、そしてあっという間に消え失せる。
あまりに一瞬なので、夢を見ているような気分になりさえする。
しかし、それに気付けるかどうかも、重要な素養が必要となる。

それが「ピュア」かどうかという事だ。

人によって美的感覚は異なるので、一元的な事は言えないが
今そこにある「美」を認められるかどうかが重要なのだと思う。

*

例えば、現在は過激なヌード写真を撮って世間を騒がせているアラーキーの『花曲』。
時に枯れかかり、腐る寸前の艶かしくつややかな漆のような赤を思わせる花達。
そこに「美」を見出したアラーキー。
ご存知な方もおられるかと思うが、アラーキーの奥さんは子宮筋腫で命を断った。
その亡くなるまでの過程を撮り続けた写真集『センチメンタルな旅・冬の旅』がある。
亡くなる瞬間に人が見せる美しさ、そして、切なさや儚さ。
そういったものが分かる写真家ならではの「美」の切り取り方だ。

そして、北野武監督の映画『HANA-BI』。
難病の奥さんと旅に出ている刑事(武さん本人)が水辺で、
枯れかかっている花に水をあげているシーン。
チンピラが「枯れた花に水やってもしょーがないでしょー。」
と言って刑事にボコボコにされてしまう。

これもアラーキーと一緒で人生の儚さ、そして
その瞬間にこそ「美」はあると表現しているのではないだろうか。

*

私の友人で何度かメールを記載させてもらっている
yorieのメールを再度紹介したい。

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こんにちは
昨日話したランプです。
先日甥っ子とアクアマリンふくしまに出掛けた時、
海に落ちてるもので作ったステンドグラス風なランプがいっぱいかざられてました 
アキのケータイのブログデザインを思い出したから、写メしようと撮影

(中略)

シーグラス(知ってる瓶などのガラスのかけらで海のなみで削られてつるっと
なったガラスのカケラ元々はすてられたごみだよね、
…捨てる神あれば拾う神あり…だね)
集めてみようかなって思いました。
 
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彼女のメールをいつもここに記載するのには訳がある。
それは、とても目線が「ピュア」だということだ。

私の書いている事にたいして、批判ととらえる方もいるかもしれない。
でもyorieの場合はいつも自分に置き換え、美しい物へと転換して
blogをアップしたと同時にメールがきたりする。

その純粋な反応が何より嬉しく、
私が思いもしなかったその「ピュア」さが私をいつも感動させる。
同い年でしかも、こんなにピュアな反応をする人を私は他に知らない。

純粋さ、というのは年齢とは関係なく
年が若くてもスレたものの見方しかできない人もいれば
老いてもなお、物事を純粋に見れる人もいる。
それを残して行けるかどうかが、
人間の分かれ道になるのかもしれないと思っている。

では、どうすれば「ピュア」でいられるのか?

私は最近気付いた事がある。
父の誕生日の日記を書いていたときに

「生まれただけで喜んでくれる人がいる」

と表現した。
それを書いた数日後に

「生まれただけで、生きているだけで美しいんだ。
 私は私、このまんまの姿が美しいんだ。」

と、突然気がついたのだった。
と同時に縛り付けていた自己が溢れ出てきて涙が止まらなくなった。

生まれてきたときは何も持ち得ていないのになぜか大人になると
何かを持っていないとその人間は価値がないかのような価値基準で物事を推し量ったりする。

その価値基準で自分を小さく見積もり、
今まで私は自分を固くて狭い殻の中にずっとずっと
押し込めてきたのだと初めて気がついたのだった。
成功の一歩手前で躓く癖はこうやって、自分を過小価値し
その反動で意固地になってしまっていたからだと気付いたのだった。
そうして固まった偏った価値基準で人をジャッジし、反感を食らう。

そんなの、あたりまえだと気付いたのだ。

色々な人生があり、その一人一人の「個」があり全てが善ではないにしろ
そうやって世の中が回っているのだというのに
自分という「個」も認められないまま他人の「個」を認められる訳もなく
だからこそ理解できない事が山積していたように思う。

しかし、今は自分がどういう人間だと評価されようとも
私であるというだけの自信で素直でいられる。
「0」である事の潔さ、本当の素の部分で勝負できる、表現できる楽しさ。

私から最近怯えが消えた。
平穏で誰にでもニコニコできるようになった。
誰かを責めたり、ジャッジしなくなった。
自分も相手も否定しない。
認める、という事。

誰かの評価や自分が他人にどう見られるかではなく
自分が何に興味があり、何が好きで、その為にどう動くか。
それしかないのであり、また、足りないのであれば人を介して手に入れたり企てたり。
人が変わるのを待つのではなく、自分が変化して、学んで行けばいい。

朝日を見て、散歩して、yogaしてありのままの自分で勝負できる。
絵に打ち込み、語学や文化、政治すべてに興味が出てきて、今吸収しようとしている。
その楽しさ。

自他の「個」を認め、好きな物、好きな事、好きな人に対して素直に動ける事
これこそが「ピュア」なんじゃないかと思う。

そして、これこそが、
電車の中のマリア様が気付かせてくれた事だったのかもしれない、
と今では思っている。



Big kiss & Dream
akieem zawadi


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Profile

HN:
Akieem Zawadi
性別:
非公開
職業:
ARTIST
趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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