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■ 第2章 ■





娘の愛実を寝かしつけて

太陽をタップリ浴びた掛け布団

をかむりうとうとする真純。

「あー、幸せ。。」

薄目を開けると窓には

キレイに並んだ洗濯物が見える。

お日様の香りを一番に感じ

これはこれで幸せなんだな、と

以前とは180度違った幸せを真純は

しみじみと感じていた。

布団の上には畳み忘れた

柔軟剤でふんわりとふくらんだ

大判のバスタオルが

無造作に乗っかっていた。

左手をスッと擦り付ける。

「あ、やっぱり引っかからない。
 
 HR from.A はやっぱりスゴイワー。」

毛足の長いタオルに引っかからない

真純のエンゲージとマリッジリングは

お気に入りのアーティストの作品だ。

ガッチリとしていながら

繊細な細工で年月を経ても決して

着ている洋服を傷つけたりしない。

そんなデザインとアーティストの拘りが

好きで真純はこの店に通っていたのだ。

そして、太一からこの指輪を貰ったあの頃を

ぼんやりと思い出していた。




*  *  *




真純はその頃、取引先の2つ年上の

男性と付き合っていた。

しかし、付き合って2年目の記念日に

互いのすれ違いが原因で

二人は別れという選択を

選んだのだった。

それからというもの

元気が撮り得の真純はどんどん元気を

失くし営業の業績もみるみる悪くなっていった。

尋ねても何も言わずただ詫びるだけの真純に気を使った

上司が同期の太一と組んで仕事をするよう

指示したのも丁度この頃だった。

ふたりは最初から同期ということもあり

息が合っていた。

契約も少しずつ伸び、安定していった。

大きな契約が取れたある日

気を良くした二人は有楽町のガード下に出来た

新しい創作料理の店へと向かった。

二人は赤ワインで乾杯して

ちょっとほろ酔い気分になって、

何気なく太一がおしぼりで

手を拭きながらこう尋ねた。

「あのさぁ、

 ちょっと聞きずらかったんだけど

 今はその、....大丈夫なの?

 ちょっとは元気は出たか?」

一瞬びっくりた顔をしたが、ニコリと笑って

グラスを置いた真純はこう答えた。

「うん....ありがとう。

 会社では言えなかったんだけど

 2年付き合ってた彼氏と別れちゃってさぁ、、

 私こういう性格だし、なんていうか

 自分ひとりで解決したかったんだよね。

 でも、結局皆心配させて業績でも

 迷惑かけちゃって、、本当、

 自分が恥ずかしいよ....」

真純は少し涙目になった。

「ごめん、こんなこと聞いちゃって。

 でもさ、そんなに頑張んなくたっていいのに....

 人間なんだしさ、誰だって大事な人と
 
 別れたら元気なくなるものだと思うよ。」

太一は遠くを見るような目で真純を励ました。

「黒毛和牛のローストビーフ

 バルサミコ風味でございます。」

ゴトリと置かれた重そうな和皿の上に赤々とした

ローストビーフが薔薇の花びらのように

盛り付けられていた。

「お、真純が大好きな肉が来たゾ!

 湿っぽい話はこれで終わり。

 食べよ、食べよ!」

太一は真純に優しくビーフをサーブして

上目づかいに「ほら」という風に

皿を差し出した。

真純はなんだかほんわかした気持ちになり

いつしかいつもの笑顔に戻っていた。

帰り道、銀座方面へ散歩すると

真純が急に一つのショーウインドーに

足を止め嬉しそうに呟いた。

「あー、HR from.A 

 ここにも路面店できたんだぁ!」

夜9:00を回っていたが、場所柄もあり

店は開いていた。

「ねぇ、ちょっと入っても、いいかな?」

甘えるような声で太一に尋ねる。

「もちろん、今日は俺もいい気分だし

 こういうとこ初めてだから

 ちょっと興味あるな。」

二人は両開きのドアを開け中に入る。

コンクリート打ちっぱなしの壁には横長のミラー

がはめ込んであり中央には四角柱のボックス型の

ショーケースが並んでいる。

差し詰め、郊外にある美術館でも観ているような

ピンと張り詰めた空気が漂っている。

「わー表参道店とはまた違った感じでかっこいいなぁ~。」

真純の元気な声が店内に木霊する。

「あら、鷺野様じゃありません?」

真純の後ろで40代くらいの女性の声がする。

「深見さ~ん、ビックリ!

 こちらに転属になったんですか?」

「ええ、今日はヘルプで来月から正式にこちらの店長として

 配属になる予定だったんです。今日、実は鷺野様に

 そのお知らせをするはがきを出したところだったんですよ。

 こんな偶然ってあるんもんですねぇ。呼ばれちゃいましたか。」

気さくだが品のある声に太一も自然と笑顔になっていた。

「あのね、彼女は私の通ってたお店でいつも
 
 素敵な品物を選んでくださる方なの。

 私に似合うものを見つけるの本当に

 うまいんだよなぁ~私いつも参っちゃう。」

「へぇ、そうなんだ。どうも。岡田といいます。」

照れくさそうに太一が自己紹介する。

「今日は....彼氏さんと、ご一緒?」

二人は顔を見合わせ

「いえいえ、違います!

 ただの同期ですから....」

と顔を赤らめて下を向きながら手を振る。

そんな可愛らしい二人を見つめながら深見は

「なんだか、息がピッタリだったからつい....

 ごめんなさいね。」

と笑顔で見守る。

「実は彼氏とは別れちゃって、

 それで、今日は仕事で大きい契約がとれて

 太一と一緒に祝杯をあげてたんです。

 それで散歩してたらここみつけて。

 どうしよ。

 もーこのネックレスとも

 そろそろバイバイしなきゃってことかな。」

真純が指のはらで弾いているネックレスは

誰もが知っているハイエンドジュエリーのそれであった。

しかしそのネックレスは真純の華奢な首元を

逆になんとなくチープに見せていた。

(元彼、真純が好きなもの知らなかったのかよ)

太一は真純のつけているブランドもののネックレスと

間逆な店内のジュエリーを見渡し少しだけ

腹立たしい気分になった。

「実は銀座店だけのオリジナル新作ジュエリーがあるんです。

 明日から発売予定なんですが、鷺野様特別御見せしますね。」

それは蝉のブローチとガッチリしたフォルムの

ダイヤがついたリングのセットだった。

「え~何これ、すっごく好み~!」

チタンとプラチナそして七宝でつくられた

尖っているのに柔らかいデザインのブローチは

ヴォリュームのあるようで薄くジャケット

の襟元につけるとなんともエキゾチックで

真純の顔立ちをより際立たせるような

輝きを放っていた。

「お、似合うじゃん!

 俺は今のネックレスよりずっと

 真純らしくていいと思うけどな。」

「えー?本当~?」

「ええ、美しい鷺野様のお顔がますます映えますね。

 蝉さんも喜んでるみたい。」

両手をあわせ可愛らしく微笑む深見に

「もぉー深見さんてばうまいんだからっ」

と言いつつ何度も鏡の前でポーズを取る真純。

「どうしよ......、、よし!決めた!

 これは出会いだから奮発しちゃいます!

 ブローチだけセパレートで買うことって
 
 できます?」

「もちろん、大丈夫ですよ。

 いかがいたします?

 お包み致します?それとも...」

「着けて帰ります。

 こっちのネックレス外して

 包んでもらってもいいですか?」

「ええ、かしこまりました。」

「ありがとうございました。

 また、気が向いたらぜひお二人で

 遊びにいらしてくださいね。」

初めて入った店なのに、なんだか名残惜しい気分になるのは

きっと深見さんの魅力なんだろうな、と考えながら

ペコリと頭を下げて太一は真純と来た道を引き返した。

お気に入りのブローチをつけた真純は

純粋無垢の少女のような可愛らしさに満ち

太一はそんな彼女をいつの間にか好きになっていた。

そして真純も何でも受け止めてくれる太一を

心の拠り所として頼りにするようになっていった。

太一が紹介してくれるレストランはいつもピカイチで

美味しいだけでなくサービスも行き届いているところがほとんどだった。

それはクライアントをおもてなししようという太一の心くばりだと

いうことを真純は知っていたがどうしてこう尽くすのが

好きなんだろう?といつも不思議だった。

付き合いだして丁度一年が経ち、

いつも大切にしてくれる太一に

真純はお返しがしたくなった。

「ねぇ、太一。

 いつも美味しいレストランに連れて行ってくれるから今度の日曜は

 私の家でご飯作って食べない?」

「え、いいの?なんか嬉しいな、真純の手料理初めてだな!」

「これでも結構まともなもの作るんだからねぇ~。
 
 何食べたい?苦手なものとかある?」

「わかった、わかった。キライなものとかは特にないよ。

 あーなんかドカッとしたものとサッパリとしたスープがあったら

 なんかお酒が美味く飲めそうだな。」

「じゃあ、チキンのハーブグリルとオニオンスープとかはどう?

 ワインとも合いそうだし。」

「おーうまそう、それにしよう!楽しみにしてる。」




*  *  *




「確か、この辺だったよな....」

元気を取り戻した真純と太一はペアを解消し

それぞれの任務で仕事をすることになった。

太一は、思い出の銀座の町に降り立ち、

一度しか訪れたことのないあの店を探していた。

地理には強い方だったが、いかんせん

アクセサリーなど身につける趣味がない太一は

店を探すのに既に1時間を要していた。

「HR from A.....だったよな。確か....」

焦る一方だが、心を落ち着けて来た道を戻り

感覚を頼りにえぃっと右折する。

するとずっと前からあったように静かな佇まいの

あの時と変わらぬ店が姿を現した。

感動と共に、今度は緊張の波が襲ってくる。

深呼吸して中に入る。

相変わらず、ピーンと張り詰めた冷たい空気が漂っている。

ツリ目の若い店員が微笑みを讃え、小さくお辞儀をして

「いらっしゃいませ。」と、店長を呼ぶ。

太一も大きな体を曲げ会釈をする。

「あら、鷺野様の....」

と一瞬驚いた顔をした後に満面の笑みを讃え

「いらっしゃると思っておりました。」

とその後にゆっくりと続けた。

「あの時、私このお二人もしかするとご結婚しちゃったりして、

 と直感的に感じてしまったんですよ。

 こういうお仕事をしていると、分かるんです。

 女性を大切に思っている方と思われている女性は

 必ず結ばれるって。不思議でしょ?」

太一は、自分の心を読まれているような気分になって

突然、どぎまぎした。

「いやぁ、まさか、自分がこんなアクセサリーを買いに来るなんて

 夢にも思ってなかったなぁって。
 
 でも、付き合って1年で少し早い気もしたんでけど

 男のケジメってやつですよ!ははは!」

と照れながら、頭をぼりぼり搔いて辺りのアクセサリーを

ぐるりと見回した。そして、こう続けた。

「それで、もう、....残っていないかもしれないんですが、

 普通の婚約指輪とかじゃなくて.....その.....

 あの時のブローチとセットになっていた、あの

 グリーンのキレイな指輪って、まだ残ってたりしませんか?」

とたんに、あの快活なしゃべりが急に子猫のように

弱気になって深見を上目遣いに見る。

「実は....お二人がそうなるんじゃないかって

 取っておいたんです!

 本当はしてはいけないんですが

 鷺野様にどうしても就けて欲しくって私の一存で

 御取り置きにしていたんですよ。」

とにっこりと笑って店の奥に姿を消した。

そして戻ってきた手にはシックな黒いケースの中に

まるで虫が眠っているかのように静かに呼吸をしながら

あの指輪が鎮座していた。

「わぁ....改めて見るとやっぱりすごくキレイだな....

 うん、あいつに絶対似合う!」

ふふふ、と笑って深見がそれに答える。

「やっぱり、鷺野様が選んだ方ね。

 気取ったり、分かったふりをせずに、思ったままを

 子供のように純粋にお話されるんですよね。

 いつか、ふらりと鷺野様がやってきて

 貴方の事をそうおっしゃっていたから。

 すごく居心地が良くて頼り切ってしまう自分が

 申し訳ないって、熱くおっしゃっていたのよ。」

そんな話を聞かされ、嬉しくて、恥ずかしくて

太一は耳まで真っ赤になって、

「いや、あっ、その、サイズとかは大丈夫なんですか?

 真純少し太ったみたいだから....」

としどろもどろに返すと、また深見はふふふ、と笑って

「大丈夫ですよ、サイズなら測ってありますからご安心を。

 鷺野様は9号でもし心地が悪いようならお直しも無料で承りますわ。」

とリングを差し出した。

ゴツくみえる指輪も、良く見ると精巧に作られていて

太一の大きな手の中ではまるで小さな黄金虫が

眠っているような可愛らしい姿に変身した。

「そうですか....じゃぁ、これ、お願いします!」

そういうと太一は天を仰ぎ

「わー、本当に買っちゃったゾ。」

と小さく呟いた。

深見は丁寧に指輪をラッピングしながら

眼を手元に向けたまま静かに話し出した。

店内は相変わらず静かで、後ろで先ほどの店員が

大きな石のついたペンダントを念入りに磨いていた。

「このブランドの由良、お話していませんでしたね.....

 実はこの作品を手掛けているのは濱田晃という男性の作家なんですが

 亡くなられた奥様の為に造り始めたのがきっかけで

 人気が出てきてついに出店することになったブランドなんです。

 麗子さんという、すごくエキゾチックな美人な方で....

 持病を患っていて貴森峠の別荘で静養していたんですが

 凄く命を大切にする方で小さな草花や虫達を大変愛していたんです。」

「だから、虫のモチーフやグリーンがテーマになっているんですね...」

「えぇ。でも亡くなられてしまって、奥様を心底愛していた濱田は

 自暴自棄になってしまって毎日泣き暮らしていたんです。

 ところが、ある日不思議な光景を見たんですって。

 緑色の蝉が普通の鳴き方じゃない美しい鳴き声で鳴いて

 つい見とれて何時間も何時間もずっと涙を流しながら

 見ていたんですって。

 そしたら急に風が吹いて木の枝に隠れたと思ったら

 いなくなっていたんですって。

 そして、気付くと足元に緑色の羽根が落ちていて

 思い立って不意に作り始めたんです。

 もう、あとは夢中で独学で作品を増やし

 ある日、彼女の誕生日に親しい友人達を

 招いて個展を開いたのが始まりなんですよ。」

「うわぁ....なんか、いい話聞いちゃったナ。

 感動してつい、目頭が熱くなっちゃいました!」

深見は、ふふふとまた笑いながらこう続けた。

「実は、その濱田という作家は私の実兄なんですが、

 貴森峠のアトリエの別荘を今度チャペル付きのサロンに改装することが

 決まっていて、そこで結婚式をあげる第1号のカップルを

 探していたんです。もし、このプロポーズが成功したなら

 鷺野様カップルに来て頂きたいなぁ...なんて

 ごめんなさいね、プレッシャー与えちゃって。」

「えぇ!そうなんですかー?真純はそれを....」

「全てはご存じないですよ。由来...くらいですわ。」

「いやぁ、わぁ、確かにプレッシャーだな...

 でも真純めちゃくちゃ喜びそう!

 なんか、いいタイミングできたかもしれないなぁ。」

「そうですわね。インヴィテーションとパンフレットも

 中に入れておきますのでお二人でご検討してみてくださいませ。」

「ハイ!その時は宜しくお願いします!」

あの時と同じように、ペコリと頭を下げ店を後にした。

高揚する気持ち、逸る気持ちをどうにもできず、

早歩きは駆け足になり、やがて最後には猛ダッシュになり

道行く人は何事かと太一を振り向きざまに見送った。

ネオンが線になって彼の後ろへ流れ星のように流れていった。




* * *



「いらっしゃーい!」

「おす!これ、ワインとシャンパン。
 
 飲むよな?こんぐらいは。」

「うん、きっと足りないかなーと思ってビールも買っといた。」

「そっか、じゃおじゃまします!」

真純の部屋は整然と片付いていて、ほのかに

花のようないい香りが漂っていた。

白を基調としたシンプルな室内に

ポイントでシルバーとピンクの小物が

センスの良さをうかがわせた。

「へぇ、意外とさっぱりした部屋なんだな。

 なんだか落ち着くな。」

「ほんと?じゃー、太一そこ座っていいから!

 グリルは仕込んで今焼いてる。

 スープはこれから。

 すぐできると思ってさ。

 おつまみ食べて待ってて。」

真純は太一に背を向けながら準備に取り掛かった。

太一は急にきゅっと心臓を掴まれた気持ちになって

「俺も手伝いたいな。

 なんかない?

 やること。」

「大丈夫。

 ないない、いいよ気使わないで座って

 くつろいでてよ。」

真純はやはり背を向けたまま、

太一に言うと手際よく準備を始めた。

ガタン、と椅子が倒れて

ちょっと哀しげな目つきの太一が

ビックリして振り返った真純を見つめていた。

「どうしたの?!びっくりしちゃったじゃない。」

椅子を直すと太一は真純の隣に足早に歩み寄り

「やっぱり手伝う。手伝いたいんだ。」

と語気を強めて言った。

「うん....分かった。

 でも今日は私が太一にお返しする番なんだし、
 
 ゆっくりと座っててもらいたかったから...」

いつも優しい太一がいつになく厳しい表情になっている事に

動揺しながら真純は一緒にたまねぎを剥こうと提案した。

不意に太一が口を開いて話出した。

それはいつもの太一の口調とは違っていて、

単調な中に怒っているような

泣いているような感情の入り混じった口調だった。

「俺、母さんと二人暮らしだったから。

 なんか、色々思い出しちゃってさ。

 うちの父さんはなんていうかひどい亭主関白でさ

 母さんに命令して、気に食わないと怒り出す

 気性の荒い本当にやっかいなヤツでさ。

 で、耐えられなくなった母さんは俺を連れて家をでてね。

 晴れて二人で仲良く暮らせるって俺は喜んでたんだけど

 母さん、なんだろプライドだったのかな。

 俺に絶対に家事を手伝わせてくれなかったんだよね。

 座ってて、貴方はそんな事しなくていいって。

 俺、その言葉が嫌でさ。

 突き放されたみたいだなって。

 俺は思う存分母さんに甘えられるんだって思ってたのに

 手伝って母さんのすぐ横で母さんの顔見ながら

 母親を感じたかった。

 だから、ゴメン、さっきはその言葉に動揺しちゃったみたいだ。」

「そっか...ごめんね。
 
 私気付いてあげられなくて、ほんとうにごめん。

 私、太一に甘えて頼ってばっかりでこれじゃ

 ダメだなってすごく思っていて今日は

 その分お返しをしなきゃって思っていたの。

 でも、太一のそんな気持ちも気付いてあげられないんじゃ

 なんか、私、...ごめん..なんか涙が出てきちゃった。」

「俺の方こそ、勝手に母さんの姿を真純に重ねるなんて

 ほんとは失礼な話だよな。俺こそごめん。」

「それで、お母様、2年前亡くなったんだよね...

 寂しかったよね。

 なのに太一はいつもそんなに大きくて

 温かくて、いつも誰かの頼りになる存在でさ。

 誰にでも手を差し伸べて、それで逆に大変そうに見える

 ときもあって何でだろうって思ってたんだけど

 お母さんの傍で笑っていたかったんだよね。」

「あぁ。確かに母さんが死んだときはシンドかったな。

 でも最後まで俺は手伝いさせてもらえなくて。

 その後、父さんも癌で危篤になったって

 親戚伝えに聞いて間際に行って話したんだけどさ

 父さんなんて言ったと思う?」

「なんだろう、謝ってくれたとか....かな?」

「あぁ、母さんを一番愛してたって泣きながら言うんだよ。

 葬式にも顔見世なかったくせに、さ。

 細くなった手足で必死にさ俺の腕を掴んで。

 俺、冷たいようだけど

 だったらなんでそれを母さんに直接言ってあげなかったんだ!

 って叱り飛ばしちゃってさ。

 そしたら泣きながらそうすべきだった、愛していたって

 繰り返すばかりでさ。悔しかったよ、目茶苦茶。
 
 二人は愛し合っていたのにちゃんと互いの顔も見れない

 状態になって傷付けあっていたんだって。

 だから俺はそうはなりたくないって決めたんだ。」

太一の声が震えていた。

真純がハッとして見上げると太一は必死に

涙を堪えているのが分かった。

真純は太一の手に自分の手を重ねて

「大丈夫。私は太一の隣でいつも笑ったり、

 怒ったり、泣いたりする。

 約束する。絶対に背を向けたりしないよ。」

太一が玉ねぎを握り締めたまま、拳を目頭にこすりつける。

「もぅ、玉ねぎが.....、さぁ!」

「本当だね、玉ねぎのせいで私達バカみたいに

 泣いちゃったね!」

二人は顔を真っ赤にして泣きながら、笑った。

そして抱きしめあって、

「もう、ずっとずっとそばにいるから。」

そう二人どちらからともなくそう言っていた。

太一はゴシゴシと涙を拭い、鼻をすすりながら

「えっと、ご飯の後に渡そうと思ったんだけど....」

ともそもそと、カバンの中からある包みを出した。

「え?えー?えーー?まさかぁ?うそぉ!

 HR from.Aじゃん!」

「そう、開けて。」

「え...これ.....」

今度は真純が涙で顔をぐしゃぐしゃにして

ぺたりとしゃがみこんだ。

「もう、真純、泣きすぎ....」

太一は真純の隣に腰を下ろすと

「ずっと一緒に居よう。結婚してくれる....かな。
 
 俺の隣で笑ったり怒ったりしてよ。ずっと。」

そう言って、指に指輪を嵌めた。

指輪はピッタリと真純の指に嵌り

彼女の白い細長い指をさらに美しく見せた。

「うん、一生大事にする。指輪も太一も。

 ありがとう、最高のプレゼント。

 こんなに尽くしてくれる人太一が初めてだよ。

 ずっとずっと一緒だよ。」

二人はしばらくキッチンにぺタリと座ったまま

手を握ってぼんやりした。

そして、太一がポツリと

「玉ねぎスープはいかんなぁ、

 こんなに二人を泣かせちゃうんだから!」

と笑いながら言った。

いつもの太一の明るい声に戻っていた。



 * * *



「こんにちわぁ!わ~素敵!各店舗のデザインコンセプトって

 このサロンからきたんですね~」

5月の新緑香る季節にサロンで下見と式の打ち合わせに

車で3時間かけて貴森峠まで籍を入れたばかりの

太一と真純は訪れていた。

深いグリーンの中にコンクリート打ちっぱなしの

美術館のような建物が姿を現し、外観からは分からないが

中に入ると鮮やかなステンドグラスが様々な

色の影を床に映し出し、まるで波打つ絨毯が

床に敷いてあるような錯覚を覚えさせるようであった。

「どうも、良く来てくださいました。

 妹からお二人の話は伺っておりました。こちらへどうぞ。」

二人を迎えた濱田は白髪をゴムで結わえて

麻のパンツにコットンのシャツを羽織って風のように現れた。

中二階に打ち合わせをするための一枚板の長いテーブルに

手作りの陶器に近所で有名な珈琲を入れて出してくれた。

「こんなところで、しかも作家さんのアトリエで

 式をあげられるなんて私達、本当に本当に幸せ者です!」

両手でカップを包みながら大事そうに珈琲を飲む真純を

温かい目で見守る太一。

「ほんとうに、なんて言っていいか。

 今まで色んな式に出席したけど

 こんな式場は初めてかもしれないな。

 真純らしい式であれば僕は満足だよ。

 この機会を与えてくださってありがとうございます。」

今度は、濱田に深く頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ、

 初めてのお客様がお二人でよかった。

 妹からずっと気になるお客様の話は

 何人か聞いていたんですが、その中でもお二人には

 なぜか僕も最初からシンパシーを感じていました。

 ご縁....なんですかねぇ。」

目じりの皺が魅力的に刻まれている濱田は

特別に二人にデザイン画を見せた。

「へぇ、すごいなぁ。絵もきれい。

 こんな色良く出せますよね。」

「えぇ、頭から離れない形や色を出さないと

 気がすまないんですよ。

 じゃなきゃ、彼女が違うって拗ねるから。」

そう言って、重厚な薬箪笥の上のモノクロの女性の写真に

濱田は目を移した。

「あれが....奥様ですか?凄くお綺麗な方ですね。」

「あぁ、彼女が僕を作家にしたんだ。

 そして、あのときと蝉が....」

「緑色の不思議な鳴き方をする蝉...ですよね。」

「みんな噓だって僕をつっつくんだけど、本当なんだよ。

 君達は僕にとって大事な人たちだから特別にみせてあげよう。」

そういうと茶箪笥の引き出しから硝子ケースを取り出した。

その中には不思議な色合いの薄いグリーンの羽根が入っていた。

「わ....こんな綺麗な虫の羽見たことない。

 本当の話だったんだね。素敵!」

濱田はその羽を愛しそうに見ながらこう続けた。

「この緑の蝉は、僕の奥さんなんじゃないかって僕は思ってるんだ。」

「奥様が...?」

「ああ。泣いてばかりで下ばっかり向いていた僕を妻がそんなんじゃ
 
 ダメよ、上を向かなくちゃって。そう励ましてくれたんじゃないかと思って。

 作り出すと夢中になるタイプだって彼女は知っていたから

 彼女が蝉の化身になって僕に気付かせてくれたんだってね、

 そう思ってるんだ。」

「なんだか...素敵な話ですね。

 お店で深見さんに濱田さんの話を聞いた時も素敵だなぁって感動したけど

 濱田さん自身から聞いてまた感動しちゃいました。
 
 僕もそう思います。綺麗な蝉きっと奥さんですよね。」

太一も濱田に目を輝かせながら相槌を打った。

「誰しも、苦しいときや哀しいときがある。

 でも、きっかけさえあれば人は変われるんだ。

 そして美しいものは人の心を救う事ができる。

 僕はその変わる手伝いをさせてもらってるんだ。

 妻に次に会うまでは、彼女に似合うような極上の作品を作るって

 彼女に誓ったんだよ。」

「確かに、私達も互いに凄くしんどい事があって

 不思議なご縁で結ばれてこの作品に何度も支えられましたもの。」

「そう、言ってもらえると嬉しいな。」

打ち合わせが終わり、近くの雑木林を散歩することになった。

「この辺りだよ。」

そう濱田が見上げた大きな木は樹齢数百年はありそうな巨木で

大きな枝をゆらりゆらりと風に揺らしていた。

二人は心地よい風に身を任せ、しばらく風の音を聴いていた。

「あれ...、なんか鈴の音がしない...?」

真純が不意に目を開けて太一が振り向いた。

「あ、あの時の羽音と一緒だ....」

すると枝の間から、季節はずれの緑色の蝉が

一瞬飛び立ったかと思うとキラリと羽根を輝かせ

また他の枝へと姿を隠してしまった。

「奥様が....祝福してくれたのかもしれないね....!」

真純はそう言うと太一の大きな手をぎゅっと握って

太一の肩に凭れ掛かった。




 * * *




愛実が目を覚ましたらしい。

急にぐずり出して真純はむくりと起き上がった。

リビングの本棚には新緑に包まれたサロンでの

二人の結婚写真が飾ってあった。

真純は写真をしばし懐かしく見て

「ハイハイ今行きますよ~」

といいながら風にあおられるカーテンを搔き分け

「今日は何の記念日じゃないけど

 久しぶりにあのオニオンスープにしようかな...」

と呟きならがら愛実を抱き上げ

柔らかい頬にKissをしてカーテン越しに

揺れるオリーブの木をやさしく見ていた。

あの時の緑の蝉が不意にまた訪れる

そんな気がして。








(夢澤 日秋 著)

La leo litende leo 
Akieem Zawadi
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スッピンKissの準備時間



どうして

男の人は決まって

「スッピンの方がいいよ。」

なんていうの?

今の彼も、その前の彼も、その前の前の彼も

みんなそうだったわ。



わたし、お化粧下手なのかしら?

いいえ、違うわ。

ちゃんと毎月雑誌買って研究を重ねているもの。



それとも

私のお肌が白くて

もちもちしているからかしら?

それは、、、そうかも。

だって毎日磨いているもの。

唇だってプルプルにしているのよ。

さっきもお風呂でパックしていたんだから。



でも、どうして?

あなたの好みはハーフの

濃い顔のモデルみたいな子でしょう?

なのに私は薄くって、目だって一重、しゅーっと切れ長の

まぁ、よく言って京都美人。

切れ長の瞳を際立たせるように

黒のアイラインだっていれてるわ。

だからって、あんなモデルみたいになんてならないの。



男の人って誰でもいいの?

いいえ、それも違うわ。

だって、いつも彼は私のどんなところが好きか

拾って私にくれるもの。

私が気付いていない魅力でさえ

そっと私に教えてくれるのよ。



そうなの?

スッピンが、、、、本当にきれいだって

そう、思っているの?




それじゃあ、

それじゃあ、



少し照れるけど

あななたの為にもっと磨いてあげるわ。

お肌の手入れをもっとして

”スッピンがキレイ”

ってずっとずっと言われるように

わたし、頑張るわ。




だから、ねぇ

お願い。




おやすみのKissをして。

よく眠れるように、私をシンデレラにして。

















(著: 夢澤 日秋)
 La leo litende leo
 akieem zawadi





今朝、僕の奥さんが逃げてしまった。



逃げた___

そう僕は瞬間的に悟った。

その兆候がなかったことが余計にその空白部分を拡大させた。

幸せそうだった彼女、その笑顔を僕は信じきっていたのだ。



彼女は今本当に幸せを実感しているだろうか。

もしかすると僕は彼女を幸せにしてやってる、という生臭い驕りを

彼女に押し付けていただけではなかったのか。

彼女の一番の理解者は僕だと自負していた。

しかし彼女のあらゆることを調べ尽くして知っているというだけの事で

真に理解しているというのとは本当は違っていた。

彼女はそんな僕の不愉快な驕りから逃げようとしていたとは

つゆも知らずに毎日を過ごしていただなんて。


僕は一体、何をしていたんだ。


僕は、、、僕は、、彼女の何を知っていたのだろう。

彼女はどうして僕の傍に居てくれたんだろう。

今頃になって彼女の想いがひどく気になって、

彼女が忽然と姿を消してしまったクローゼットを目の前に、

ただただ自分の想いが空虚に跳ね返る痛みを

僕は一生背負わねばならぬのだ、

と不甲斐なく泣いた。

そして空っぽのクローゼットの中に行き先のヒントはないかと

空ろな目は彷徨い、その香りさえなくなってしまった場所に何も見つけられず、

それは彼女の僕への想いなのだと思うと頭を鈍器で殴られた気分で

僕のしたあまりに浅はかな行為を嘆かずにはいられなかった。


彼女は今幸せだろうか。


あの野の花のような柔らかな笑顔を

誰かに見せているのだろうか、それとも

僕の知らない笑顔で他の誰かと幸せを分かち合っているのだろうか。

そう思うと居ても立ってもいられず家を飛び出した。

当てなど何処にもないのに。


(....To be continued)










La leo litende leo
akieem zawadi

猛獣使いと冷めた珈琲

■ 第1章 ■



黄色いイチョウの葉が辺りを敷き詰め

一面を黄金色に輝かせている12月初旬早朝

大手精密機械の営業同期だった3人は

5年ぶりに出勤前によく当時通っていた

CAFEにモーニングでも...という話になり集ったのだった。

一番初めに着いたのがガッチリした体系の岡田太一。

グレー三つ揃えのスーツにベージュのツイードのコート

ポールスミスのカラフルなストライプのマフラーを巻いて

現在は既に営業一課の課長補佐になっている。

そこへカスタムした黒のビアンキに跨り

細身の体に黒縁眼鏡、黒のNOTHFACEダッフルを背負った

技術一課へ移動し2年前から整備士になった

田中剛がタイミングよく到着した。

「よっ!久しぶり!」

大きな顔の横にずんぐりとした手をあげ太一が挨拶する。

「よ~!課長久しぶりだな、相変わらずお前派手だな~」

笑いながらガードレールにマットな黒のビアンキを

慣れた手つきで固定する田中。

「いやいや、課長補佐だよ、まだまだ道のりは長いよ。」

「あれ、戸田はまだ?」

「あぁ、なんかロンドン支社との朝の合同ミーティングが長引いてる

から10分くらい遅れるってさっきメールきたぞ。」

「あいつも外資系の会社に転職して今マネージャーだろ?

 めちゃくちゃ出世コースだよなぁ~。

 でも努力家だったよな。通勤前に英会話スクール行ってたし。」

「ああ....お前だって、この前整備士免許取ったんだろ?

 営業からの転進でよくやってるよ、まったく。

 お前だってすごい頑張ってんじゃんか。」

「いやいや、そういうのが好きなだけだから...」

太一はローストビーフサンドにアメリカンのセット

田中はチーズドックとアップルパイに

ロイヤルミルクティーを頼み席についた。

「この席懐かしいな。」

「ああ、5年前とちっとも変わらないな。」

ブラックコーヒーからは熱い湯気が立ち上っている。

「そのアップルパイとロイヤルミルクティーも健在なのな(笑)」

「朝、甘いもん食べたくなんのよぉ。」

と言って、早速アップルパイのフィルムをくるくるとフォークで

器用にはがし皿の下に素早く差し込む。

「.....I think so, and see you later bay!」

自動ドアを颯爽とくぐり抜け、片手を挙げながら最後に到着した

黒のロングコート姿の戸田悠司が皮の手袋を外しながら席に近づいてきた。

「やー、ごめんごめん、遅れちゃって。

おー懐かしのアップル&ミルクティー(笑)」

「戸田にまで突っ込まれたか。ここのが旨いんだよねーやっぱし。

 お前もなにか食べれば?」

「おー...でも腹減ってないからブラックでいいや、俺は。」

久しぶりの再開だが、誰一人としてそんな事はみじんも感じていなかった。

「あ、何何、彼女んちで食ってきたとか?」

「 いやぁ~彼女つくる暇ないよーまったく。

 今はロンドン支社との合同プロジェクトが大詰めでさ、毎日もー

 寝る暇もないもの。ムリムリ。」

顔の前で手を振る戸田は細いきれいな指をしていた。

「あれ、ミキちゃんとはどうなったの?」

「んー自然消滅....連絡来なくなった。」

「忙しいものな、仕方ないか....。」

「そういう田中はどうなのよ。噂の彼女とは。」

「え?まぁ、、、ボチボチでんな~」

「なんだよ、それ!どうせうまくいってんだろ?

 そーれーよーりー 」

田中と戸田が示し合わせたように顔を見合わせて

太一の方に向き直りほぼ同時にこう言った。

「太一はその後、真純とはどうなったのよ。

 つか、なんで結婚式よばねーの!!!」

言われるだろうな、と覚悟していた太一は笑いながら言った。

「あはは、ごめんごめん。

 親族とごくごく親しい友人とで執り行ったからさ。

 お前ら丁度試験やら、ヘッドハンティングやらで

 忙しかったろ?だから、呼べなかったんだよ。

 すまん、すまん。」

鷺野真純とも同期だった3人は互いに刺激し会えるよい仲間だった。

「いやね、真純が結婚できたことにまず俺はビックリしたよね。

 俺は、、、一番結婚から縁遠いタイプだって思ってたから

 お前と結婚するって聞いてビックリしたぞ。」

と田中が口の端で笑いながら上目遣いに見上げ言った。

「まー、確かに怒るとあいつめちゃくちゃ怖かったしな.....

他部署の連中から太一、おまえ”猛獣使い”っていうありがたくない

名称まで頂いちゃってるようだしなぁ。

なんでかな、真純おまえにだけはというか、怒ってる真純が

お前と話をすると静かになるっていう神話が社に行き渡ってたもんな。

そんな、真純も1児の母か~ 」

ブラックコーヒーを両手で包み思い出すように戸田がため息をつく。

「”猛獣使い”?ひでぇな、それは(笑)

 真純はごく普通だと俺は思ってるよ。別に怖かないよ。

 あいつはまっとうな事にしか怒んないしな。

 なんていうか、、、らしくないときに怒るんだよ、彼女は。」

「らしくない?というと.....」

遮るように、田中が口を挟む。

「んー....例えば、俺がやりたくない仕事を面子とか付き合いとかで

引き受けるとするじゃん?そうすると猛烈に怒るわけ。

”そういう仕事はうまくいきっこないし、力入んないでしょう?”ってさ。

 まー昔は、それでも反発して引き受けてたわけだけど

 確かに彼女の言うとおり、途中でボツッたり、問題が次から次へと

 発生して責任を問われたり、上司にしこたま不条理な理由で怒られたり

 ま...彼女の言うとおりになったわけ。だから、彼女が”いいんじゃない?”

 っていう言葉がもらえるような仕事を選ぶようになったわけ。」

「はー...それでメキメキ課長補佐になったってわけか。 恐妻家ってヤツか。

あれ、そういえば田中も真純が押したおかげで

技術系の部署に移動したんじゃなかったっけ?」

藤色のタイを手で直しながら戸田が田中に質問した。

「そうそう。真純が複合機壊した事件あったよな?」

「あったあった。ああ、あれな。」

「別に壊したわけでもなくって機械のある部品がいかれてただけなんだよ。

 で、互いに残業中でメカニック呼ぶにも時間が時間だったから

 俺が代用品でどうにかしたってわけ。

 そしたら、”すごいじゃん、すごいじゃん、田中くん技術一課にいけるよ!”

 って目を輝かせながら言うもんだからついつい俺もその気になっちゃって(笑)

課長にもすごいプッシュしてくれたらしくてさ、お陰で今の俺がここにいる(笑)」

「確かに、怒ると怖いけど褒めるときもキラキラして本気で褒める子だったよな。

なんつーか裏表のないいいやつだったよな。

だからかね、太一と1、2争う営業成績だったろ?真純も。

結婚して辞めたのもったいなかったよな~課長も嘆いてたろ?」

「だな、、、でも真純とってはこれでよかったのかもしれない。

裏表のない性格って結構大変だからさ。女だし、キツイこと沢山あったらしいよ。

毎日泣いてたもん、最後の方なんて。」

「まじで?あいつ泣く事あるの??」

田中と戸田が同時に驚きを隠せない声で叫び、

店内が一斉に彼らの方を見た。

田中は愛想笑いで頭を下げ、戸田は体を小さくした。

「泣くの?あの真純が。」

「泣くでしょそりゃ、女だし。」

「そっかぁ....まぁ分かる気もするな。

あ、太一娘の写真ないのかよ。どっち似?

お前似だったら不幸だな(笑)」

目を見開き冗談交じりに戸田が言った。

「あ!それシツレー!あるよ、ちょっと待って。」

営業用のipadを取り出して、フォトアルバムを開く。

「おお!真純似じゃん~。真純結構キレイだったもんな。

怒らなきゃ、いいんだけどなぁ~」

と田中が嘆いたように言う。

「ふぅん....幸せそうだな。真純、いい顔してる。

なんか柔らかくなったんじゃないか?

お前と結婚して真純も”らしく”なったのかもな。

結婚も....いいもんだなー。」

と戸田がなんだか羨ましそうにipadを太一に返した。

朝から熱気のあるボーイズトークをしている間に

湯気の立っていたコーヒーはもうすかっり冷めていた。

太一は冷め切ったコーヒーを飲みきり

「そろそろ、行きますか?」

と真純からクリスマスにもらった腕時計を見ながら

二人に促した。

「ああ、あっという間だったな...」

戸田が名残惜しそうに言った。

「これからはまた、ちょくちょく会おうぜ!

娘ちゃん大きくなったら真純も呼んで今度は4人で会おうよ!」

と田中が二人の背中をバンバン叩きながら言った。

「おう、そうだな。」

太一は笑顔でそう答えた。

3人は彼らの人生とダブるようにバラバラに散って

イチョウ舞い散る町並みへ消えていった。

「それにしても、”猛獣使い”とはな...」

自嘲的に太一は空を仰いだ。










(著: 夢澤 日秋)
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レモン月

■第1章■



「よいしょ。」

引越しの片付けがひと段落して2階の窓から外を見ると

いつの間にか夕暮れ時になっていた。

涼香はひとつのダンボールの中からパステル調の花柄の小箱を取り出した。

少し埃のかぶった箱の表面を手で拭うとそっと蓋を開けた。

懐かしい文字の上にポタリと汗粒が雫となって滲みを作った。

「ふぅ...暑い、暑い。」

涼香はそういうと1階へと降りていった。

先ほど荷解きが終わって、茶箪笥に大事にしまっておいたひとつの沖縄硝子の

グラスを取り出し大粒の氷と冷えた麦茶を注ぎいれた。

トントントントン.....

ゆっくりと冷えたグラスを握り締め階段を登っていく。

西日の差す窓辺に腰を下ろし美しい夕日を見ながら

ゴクリと麦茶を飲むと汗ばんだ額にグラスを押し当てた。

「冷たくておいしぃー」

ほっと、一息つきまたあの箱をじっとみていたが思い返したように蓋を開け

何通かの手紙のうち先ほどの字の滲んだ手紙を手に取ると中の手紙を取り出した。

「ほんとに...懐かしい~..」

右に傾いた不器用で繊細な文字がそこには並んでいた。

大学時代に付き合っていた大樹のものだった。


   * * * 


大樹とは大学4年間ずっと付き合っていた。

ラグビー部の大樹は1年の頃から体が大きいということでラグビー部にスカウトされ

努力と持ち前の統率力でメキメキ頭角を現し2年で主将を務めるまでに成長していくほどの

バイタリティーに満ち溢れたタイプだった。

涼香との出会いは大学に入って間もないとのあるカキ氷の店だった。

大学近くにあるその店は落ち着いたブラウンの木造の建物で

色とりどりの沖縄硝子の器に山盛りに氷を盛りつけ

ソフトクリームや白玉、フルーツなどをトッピングできる人気の店だった。

いつも多くの人で賑わうはずの店内にはその日涼香一人しかいなかった。

「レモン水に...フルーツのトッピングでお願いします。」

「あいよ~」

真っ赤な地に沢山の水玉模様のグラスと黄色い氷の山とのコントラストがとても美しく

まるで紅葉の山を見ているようだった。

シャク、シャク、シャク、シャク....

涼香は器用に山を崩すと口に運んでいった。

1/3くらい食べた頃だろうか、一人の体の大きな青年が入ってきた。

「いつものー!宇治金時に白玉でね!」

日に焼けた体に白いシャツを腕まくりした青年はドカリと涼香の斜め前に座った。

間もなくして涼香の倍くらいの白い水玉模様の器に山盛りの宇治金時と

沢山の白玉がトッピングされた宇治金時のカキ氷が運ばれてきた。

”うわーすごい量!”

ちらりと涼香が見ると彼と目が合った。

ニコリと笑うと白い歯がさわやかな笑顔がとても素敵な青年だった。

ワシ、ワシ、ワシ、ワシ...

彼が豪快に宇治金時を食べだした。

すると、コロコロコロ...と白玉が涼香の目の前に転がってきた。

「す、すいません!!」

彼は慌てて白玉をつまむと口にほおり込んだ。

そんな事が3度起こり、驚きが笑いに変わりいつしか二人でゲラゲラと笑い転げていた。

偶然、帰り道が一緒だった二人はいつしか付き合うようになっていた。

冬になるとその店はぜんざいを出していて、

いつしかそこがデートコースのひとつになっていた。

二人は2年になったら沖縄旅行に行こうと計画を立て始めた。

ラグビー部の練習も忙しかったが大樹は涼香のことをとても大事にしていた。

二人の出会いを記念して沖縄硝子の体験ツアーに参加しようと思っていたのだった。

そんな時、カキ氷屋の奥さんが妊娠してアルバイトを募集していたので

迷わず涼香はアルバイトを決め働きだした。

涼しげな瞳で持ち前のチャキチャキとした江戸っ子らしい物言いに

涼香はいつの間にか看板娘になっていた。

ピザの配達のバイトをしていた大樹も一休みしに店に立ち寄り楽しく過ごした。


   * * * 


そして、いよいよ旅行当日。

旅なれた彼がほとんどの旅の予約をこなしてくれて荷物も持ってくれていた。

初めての二人旅行に二人ともドキドキしていた。

飛行機の中ではパンフレットや旅行本を片手に二人でにらめっこ。

どこの硝子店にしようかずっと迷っていたのだ。

「あ..そういえばカキ氷屋の親父がなんかくれたよね。」

「そういえば...お餞別とはまた別に袋に紙が入ってたね。」

袋からキレイな桜色の和紙が出てきた。

そこにはある硝子店の名前が記されており、

この店の硝子を店で使っているとも記されていた。

二人は迷わずその店に行くことを決め手をつないだままつかの間の眠りについた。

沖縄の海は驚くほど綺麗で目に眩しく二人は大はしゃぎして

ホテルのベランダで大きく深呼吸した。

「気持ちいいね~~」

「早く海!行こうよ!」

二人は水着に着替えるとパーカーと短パンで海に繰り出した。

「大樹は海が本当に似合うよね!なんか、海の青いイメージだなぁ。」

「そう?」

「ね、私は?私のイメージは?」

「そうだなぁ。赤と黄色かなぁ~。」

「ほんと?私青とか緑って言われる事が多かったんだけどなー。

 ほら、私性格が男っぽくてデニムばっかり履いてるから。

 水着もエメラルドグリーンだしね!

 でも、なんだかうれしいなぁ、女の子に思ってもらってるみたいで。」

「え~?もちろんでしょー?女の子だから付き合ってるんじゃん!」

二人は海辺でじゃれあい、エメラルドグリーンの海で泳いではしゃぎあった。

夕暮れになると二人は手を繋いで海岸線をあるいて岩場の影で熱いキスをした。

「しょっぱいね。」

二人でクスリと笑い、またキスを続けた。


   * * * 


翌朝、二人は早めに目が覚めるとベランダに出て日が出てくるのを

目を細めて見つめていた。

「俺ね、こんなに人を好きになったの初めてだ。」

「え..?」

「こんなに大事な人ができたのって初めてなんだよ。」

いつになく大樹の目が真剣だった。

「わたしも、大樹が大好きだよ。」

朝の静寂な空気が素直な気持ちを引き出したのかもしれなかった。

いつの間にか涼香の目には涙が浮かんでいた。

「そんな事急に言うからうれしくって涙が出てきちゃったじゃんかぁ。」

大樹はまたいつものようにニコリと白い歯を見せてやさしく微笑んだ。

「おなか....空かない?」

「空いたね、ちょっと早いけど食べに行こうか。」

ビュッフェスタイルの朝食に行くと外国人カップルの他には涼香と大樹だけだった。

スクランブルエッグにカリカリのベーコンにトースト、オレンジジュース。

取り立てて特別なものではなかったけれど、二人には格別においしく感じられた。

「これおいしいね。」

どちらともなく二人の口からはそんな言葉が出てきていた。

部屋へ戻るとカキ氷屋の店主からもらった紙の電話番号に大樹が電話をかけた。

体験教室はやっていないが、店主の紹介だから特別にやってくれると快諾してくれた。

二人は荷造りすると鍵をフロントに預け外へ出た。

レンタカーを借りて大樹の運転でその店に向かう。

車中はどんな硝子を使うか、どんなものを作るかで話が盛り上がる。

「やっぱさ~グラスでいいでしょ!二人でオリオンビールで早速乾杯できるしさぁ!」

涼香はお皿もいいかな、と思っていたが大樹の一言でグラスにしようと決めた。

店へ着くと大樹は店主とすぐに意気投合して早速見学、体験できることになった。

そして、車中で話し合ったようにお互いのイメージで大樹は涼香に

涼香は大樹用にグラスを作りあいっこしようという事になった。

涼香は持ち前の器用さであっという間に

エメラルドグリーンの薄い大きめのグラスを作り上げた。

一方、大樹は肺活量がありすぎて何度も失敗して、ようやくおかしな形だけど

赤がだんだんに黄色に変わるグラデーションの厚い重めのグラスを作った。

「も~大樹~これにビール入れたら重くて持ち上げられないよ~」

「んなことないでしょー!」

「なんだか、おじょうちゃんの方がグラス作りには向いとるようさね~ははははは!」

とても楽しい体験教室となった。

二人は硝子屋の店主に礼を言うとまた車に乗り込みもと来た道を引き返した。

大樹は汗ぐっしょりで車の窓を全開にして風を浴びて心地よさそうだった。

「あー早くヒール飲みてー!!!」

大声で叫ぶ声が風に遮られる。

「わーたーしーもー!!」

二人で窓の外に顔を出し大声で叫び笑いあった。

レンタカーを返すとホテルのスタッフに聞いていた

テラスでおいしい沖縄料理食べられる店へ歩いて向かった。

料理店のスタッフに頼んで、オリオンビールを互いの作ったグラスで

飲める事になった。

「乾~杯~!!!」

「おいしぃ~!サイコー!」

「めちゃくちゃおいしいねー!」

本当におなかの底からおいしいと感じた瞬間だった。

二人はたわいのない話をしながらつかの間の沖縄ライフを楽しんだ。

帰りの飛行機の中二人はぐっすりと眠り込んでいた。


   * * * 


そんな思い出を胸に時が過ぎ3年の秋を迎えたある日突然の悲しみが涼香を襲った。

涼香の小さい頃お世話になっていた富山の叔母さんが

重病で倒れたという連絡が入ったのだ。

涼香は荷物をまとめると直ぐに電車に飛び乗った。

叔母さんには子供がいなく、だんな様も2年前に他界しており天涯孤独の叔母さんを

涼香は放っておくことができなかったのだ。

そこで、看病しているうちに献身的な看護を目の当たりにした涼香はいつしか

看護婦の道を選ぼうと心に決めていた。

大樹は決まって9時になると電話をしてきて涼香や叔母さんの様子を気遣っていた。

学校の様子や勉強の進み具合なども細かく報告してくれ、手紙をよこすようになっていた。

大きな体には不似合いな細くて右に傾いた不器用な文字に涼香はいつも元気付けられ

涙を流しては手紙を抱きしめていた。

そんな事が数ヶ月続き、叔母さんも奇跡的に病気が改善し

退院、通院できるようになっていた。

涼香はようやく大学に復帰して残りの1年間を過ごす事となった。

しかし、涼香はいつまでも変わらない大樹の笑顔に癒されながらもいつしか訪れる

『別れ』に怯えるようになっていた。

3年の冬、二人でいつものようにぜんざいを食べていると大樹がふいにこう尋ねた。

「なぁ、たまに悲しい顔...することあるけどなんかあるの?」

涼香は見透かされてる思いがして大樹から目をそらした。

「なんでも、ないよ。ただ....」

「ただ、何?」

「大樹は、来年とか、就職活動とかどうするの?」

「そのこと?」

「うん.....」

「神戸の社会人ラグビー部から誘いが来てるから行こうかって思ってるよ。涼香は?」

「私は....私はね。」

長い沈黙が続いた後、息を飲み込んで一気に話し出す涼香。

「叔母さんが病気のときね、看病する看護婦さん達に感動したんだ。

 命に関わる仕事ってすごいなって思って。

 それで私も叔母さんみたいな重病の人を助けたいなって思ったの。

 それでね.....富山にいい看護学校があったから、実はそこに通おうと思ってるの。」

 一気に話し終わると上目遣いに大樹を見上げた。

「そっかー。なんとなく、そうかなって思ってたけど、うん。やっぱ、涼香お前すげーよ。

 大学終わって、また学びなおして人助ける事仕事にするなんてさ。

 涼香らしいよ。俺、応援する。」

「ありがとう!でも....そしたら離れ離れになっちゃうんだよ?寂しくないの?」

「そりゃあ....寂しくないって言ったら嘘になるけどさ、涼香の人生を俺は邪魔したくないよ。」

「邪魔だなんて、そんな事ないってばぁ..」

「あ、また俺泣かしちゃった??ごめん、なんか気に障るような事言った?ごめん!!」

「こぅら、大樹!まーた、涼香ちゃん泣かせてなんかひどい事いったんだろう!」

「違いますよ!や、そうかな?ごめん涼香。ごめんってば。」

涼香は泣き笑いしながら、うん、うん、と頷いて見せた。

切ない月日が過ぎ、卒業式当日。

二人はお互いの夢を実現するまで会わないけど、

実現したら会おうと誓って指きりをした。


   * * * 


大学を卒業して5年が過ぎていた。

涼香は看護学校を卒業し富山で2年間働いたのちに

神戸へ引っ越してきたのだった。

神戸の大学病院で働ける事になったのだ。

手紙を読み、思い出を思い返しているうちに空には大きなレモンのような

スッキリとした月が出ていて文字が読めるほどに煌々とあたりを照らしていた。

涼香は懐かしい彼の文字を指でなぞりながら

「ねぇ、あなたはまだ、私のことを好きでいてくれてる.......?」

と心の中で呟いてみた。

すると「好きだよ」と言わんばかりにカランとグラスの中で

氷が溶け大きくて綺麗な音をたてた。

「そういえば....」

涼香はある手紙を思い出した。

叔母を看病しているときに紅葉した葉を手紙に貼り付けて

大樹が送ってくれていたものだった。

「あった、あった。」

涼香は手紙を広げて月に透かして見た。

5年経ってなお美しい色を残した葉をまじまじと見ようと思ったのだ。

すると何かの文字が透けて見えた。

「あれ?」

紅葉した葉をパリパリと剥がしてみるとそこには大樹の文字でこう書いてあった。

「俺の涼香に対するイメージは始めて出会った時のカキ氷とグラスの色だよ。

 涼香は俺にとって紅葉した葉っぱみたいに温かくて綺麗なんだって思ってる。

 だから、グラスのイメージも赤と黄色にしたんだよ。」

思いがけず飛び込んできた大樹の言葉にうれしくなって涼香は大粒の涙を流した。

そして携帯を手に取ると早速大樹に電話をかけた。

「あ.....もしもし、涼香?」

「そうだよ涼香だよ。大樹覚えててくれたんだ。」

「なんか、また、もしかして泣いてる?俺、のせい.....?

 覚えてるよ!忘れる事なんてあるわけないだろ!」

電話の向こうで大人っぽくなった大樹の声が聞こえる。

「夢、叶ったんだね。今、富山なの?」

「実は....神戸だよ!」

「そうなの?ようやく会えるんだね!俺達。」

「うん.....それで、さっき葉っぱの手紙を読んでて今あの葉っぱの裏にある言葉を読んで

 うれしくなって、それで......」

「電話してきたわけか。なんだーびっくりしたよ。いきなり泣き声なんだもん。

 何かあったかと思ったよ。」

「ふふ、私大樹の声が聞けてうれしいよ。」

「あ、そう言えば!今日のお月様見た?レモンみたいでさ、すげーキレーだよ!

 実は月見て俺も涼香の事思ってた。」

「私たちどこまでも繋がってるね。」

「そう、だね....今度また、カキ氷食べに行く?」

「いいよ。」

気づくとグラスの周りには小さな水溜りができ月とグラスを映しこんでいた。

そして、夜空には二人の新しい始まりを見守るように

いっそう色を濃くして黄色いレモン月が輝いていた。








(著: 夢澤 日秋)
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白い祠

むかしむかし、あるところに一人の男が山奥に住んでいた。

その男はかろうじて男と呼べるような見てくれだったので

生まれてすぐに村人は男を獣扱いして山へ捨ててしまったのだった。


男の体は全身に茶色い長い毛がみっしりと生えており

大きく見開かれた目の周りは赤くただれていた。

そして、顎まで裂け渡った口からは胸のところまで長い牙が垂れ下がっていた。


その恐ろしい形相に誰もが男を獣として恐れ、追い払うか殺そうとした。

男はその度に悲しみと怒りで山に響き渡る声で泣き散らすのだった。

それでも男は村人に一切手をだしたりはしなかったが

その薄気味悪い声に村人はその山に近づかないようになってしまった。


しかし、一人の女だけはこの男を獣としてみなかった。

太陽の下、木の実採りに来ていた女は彼を恐れることなく

「こんの茶色い毛~は絹のようにやわらかいんね~」

と言っていつも肩や頭を撫ぜてくれるのだった。

この女が唯一の男の友人であり、心のよんどころでもあった。


ところが、女と男が一緒にいるところを村人に見つかってしまい

無理やり二人は引き離されたばかりか男は半殺しの目にあった。

必死に逃げていつもの湧き水のある大木の寝床までなんとかたどり着き

男は湧き水を飲もうと水面に映った自分の姿をはじめて見た。

ポタリ、ポタリと赤い血が水面に細かな波紋を生んでいた。

男は女と自分の形相が余りに違うこと、なんと恐ろしい姿をしているのかと嘆き

悲しみに声を震わせあたりの草や自分の体毛を当たりかまわず引きちぎった。


そして、自分の心のよんどころであった女までも奪われ

人間らしい生活がもうできないと悟ると男は

自分の死に場所を求めさ迷い歩いた。


どれくらい歩いたろうか。

崖の切り立った岩場が遠くに見えてきた。

男は「ここにしよう」と切り立った崖を目指してふらふらと吸い寄せられるように

岩場へ近づいていった。


すると白く光る祠が見えてきた。

周りは立ち入りを禁ずる綱で包囲されており奥の祠には

美しいあの心のよんどころだった女とそっくりの像がたっていた。

男が祠へ近づくと茶色い体毛がチリチリと焼け焦げ

耳を劈くような高い音で頭がキリキリと痛み出した。


しかし、死を覚悟した男はかまわず走り出すと

包囲された綱を飛び越え祠の像を胸に抱いた。

すると大きな光が彼を突き抜けたかと思うと、

体毛は消えうせ胸まであった牙もぼたぼたと地面に抜け落ちた。

男が恐怖で身を震わせていると後ろで鋭い声がした。


「あんたは一体ここで何してるんか?

 裸でそんなところに突っ立って.....

 恥を知りんしゃい!!」


後ろを恐る恐る振り向くと

間違いなくあの女がそこで顔を赤らめ立ち勇んでいた。

男は今までに一度も言葉を話したことはなかったが

不思議と口をついて言葉が溢れ出てきた。


「わしはずっとこの山に獣として住んでおって.....

 あんたが私のこころの支えだったんに....

 殺されそうになった挙句にもう二度と会えんくなったから..

 死のうと思ってここへきたんじゃが...

 あまりにこの神さんがあんたに似てるもんだから死ぬ前に

 もう一度だけあんたに触れたいと思って....そんで....そんで....」


女は足元に転がる牙を見て男がかの引き離された男だと知ると

涙で顔をしわくちゃにしながら


「わしは....

 わしは....

 ずっと..あんたのこと探してたんよ..

 誰もあんたの心のよいところ知らんから

 何度も...何度も...説得したが.....

 誰も相手にしてくれんで..

 山へ行くのも禁ぜられたが

 唯一..........

 この祠は家で代々守ってきた祠だから

 お参りに来てたんよ....

 毎日、あんたに会わしてくださいって

 神さんにお祈り..してたんよ...」


と消え入るようなかすれた声で、それでも

しっかりと男の目を見つめ言葉を選ぶように話した。


そして、男は女に駆け寄ると互いに抱き合い

もう二度と離れはしない

自分を救った神様を一生涯守ると誓った。


男は自分から抜けた牙で神様を守る像を新たに作り祭り

村人たちはこの話を聞いて彼に今までの行為を詫びて

一緒にこの祠を村をあげて守ることを約束し

二人はいつまでも仲のよい夫婦として幸せに暮らしたのだった。








追伸

この話はいわば、和製「美女と野獣」です。

ちょうど震災が起こる前に映像が浮かび、5分ほどでできました。

最近、駅に張ってある「美女と野獣」のでかいポスターの

こんなキャッチコピーが目に飛び込んできました。


「愛を信ずる心が、奇跡を起こす」


まさにそのとおり。

私にも、この話を読んだみなさんにも

奇跡が起こればいいな.....

なんて思って書いてみました。



今までは昔話風でしたが

今度は小説や詩にもトライしたいと思います。

ではまた!






(著: 夢澤 日秋)
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天邪鬼の穴

ある村に大変強欲で天邪鬼な男が住んでいた。

その男は大きな権力者でなんでもねじ伏せる事ができた。

悲しい事に男は思った事と反対の事しか言えないので

多くの人から嫌われていた。

しかし、彼の権力に誰もが逆らえず、権力故に誰もが彼に群がった。

そんなある日、隣村で祭りがあるというので

彼は多くの下々の者と一緒に見物しにやってきた。

その祭りである女と出会った。

貧しい家の出の女ではあったが何故かお互いに強く惹かれ

下々の者に命令し村へ連れて帰る事になった。

この女は今までに出会った女とは少し様子が異なっていた。

今までであった女達は権力に縋るように何でも言う事を聞いていた。

しかし、この女はまるでその権力が見えてないように

彼の事を扱うのだった。

その凛とした横顔と物言いに彼はどんどん引き寄せられた。

しかし、あまりに思い詰め、翻弄されてしまうの自分に反発する姿があった。

女は竹を割ったような性格で思った事をそのまま伝える性格だったが

男は自分の想いとは裏腹に女を傷つけるような言葉ばかりを

吐いてしまい、やがて女は男のもとを去っていった。

女が去った後、男は荒んだ。

時に下々の者に暴力まで振るい自分の想い通りに物事を進めようとした。

そんな彼のもとを一人、また、一人と去って行くのだった。

追いつめられた男は深い深い穴を掘った。

そして、想いのたけを大声でその穴に向かって叫び続けた。

すっきりした男が眠りにつき、朝目覚めると何やら外が騒々しい。

耳を澄ますとどうやら、隣村の自分のもとを去った女の行方が分からなくなったと

大騒ぎしているではないか。

「あぁ!」

男はすぐさま穴のもとへ裸足で走って行った。

女は定期的に穴のある道を通って女の両親のもとへ帰っていたのを男は知っていた。

男は自分がふがいなかった。

穴を埋め忘れた自分に腹が立った。

穴のもとへ行くと女が中でケガをしているのが分かった。

男は一心不乱に穴へ飛び込み、女のもとへ駆け寄った。

女は大変な怪我を負っていたのですぐさま医者に診てもらわなくてはならなかったが

上を見上げると太陽がまるで月のように遠くに見えた。

怪我を負った女をおぶって登るにはあまりに急斜面だった。

怒りで壁を殴ろうとしたが、崩れ、生き埋めになる事を考えやめた。

男は初めて自分の事ではなく女の命の事を考えた。

そして、涙ながらに今までの想いのたけを全て女へ伝えた。

女は意識が薄れていきながらも涙と笑顔で頷いていた。

男は女を失う事の恐怖におののき、ありったけの大声で助けを求め始めた。

声が枯れるまで延々叫び続けた。

すると大きな閃光とともに今まで見た事もない七色の美しい鳥が

あたりで冴えずり始めたと思うと同時に2人の体が宙にフワリと浮き

気付くと2人は穴の外に倒れていた。

村人がそれを見つけ2人の命が救われた。

男はその後から、改心し村人達に今までの悪行を詫び

女へも素直に想いを話せるようになった。

そして、村全体が平和で繁栄していくことになった。


それからというもの、その穴は「想い穴」と言われ祭られ

願い事を穴に叫ぶと願いが叶うとされ多くの人々が参拝に訪れるようになった。

そして、二度と現れない虹色の鳥の話は後世まで

その男の希望によって語り継がれてゆくのだった。




追伸

中学生以来、久しぶりに物語を書いてみました。昔話風です。
この男はある意味昔の自分であり、私の昔の師匠の姿でもあります。
人は人の為に何かを考えて初めて成長するんですよね。

人は何度でもやり直せる。
罪を憎んで人を憎まず。
だから、今気付いて欲しい。
これを読んでいる全ての人へ。

少しでも自分に当てはまる所があればどうぞ行動に移して下さい。
孤独、焦り、怒りに苛まれ手遅れになる前に。







(著: 夢澤 日秋)
La leo litende leo
akieem zawadi






Profile

HN:
Akieem Zawadi
性別:
非公開
職業:
ARTIST
趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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