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■ 第2章 ■





娘の愛実を寝かしつけて

太陽をタップリ浴びた掛け布団

をかむりうとうとする真純。

「あー、幸せ。。」

薄目を開けると窓には

キレイに並んだ洗濯物が見える。

お日様の香りを一番に感じ

これはこれで幸せなんだな、と

以前とは180度違った幸せを真純は

しみじみと感じていた。

布団の上には畳み忘れた

柔軟剤でふんわりとふくらんだ

大判のバスタオルが

無造作に乗っかっていた。

左手をスッと擦り付ける。

「あ、やっぱり引っかからない。
 
 HR from.A はやっぱりスゴイワー。」

毛足の長いタオルに引っかからない

真純のエンゲージとマリッジリングは

お気に入りのアーティストの作品だ。

ガッチリとしていながら

繊細な細工で年月を経ても決して

着ている洋服を傷つけたりしない。

そんなデザインとアーティストの拘りが

好きで真純はこの店に通っていたのだ。

そして、太一からこの指輪を貰ったあの頃を

ぼんやりと思い出していた。




*  *  *




真純はその頃、取引先の2つ年上の

男性と付き合っていた。

しかし、付き合って2年目の記念日に

互いのすれ違いが原因で

二人は別れという選択を

選んだのだった。

それからというもの

元気が撮り得の真純はどんどん元気を

失くし営業の業績もみるみる悪くなっていった。

尋ねても何も言わずただ詫びるだけの真純に気を使った

上司が同期の太一と組んで仕事をするよう

指示したのも丁度この頃だった。

ふたりは最初から同期ということもあり

息が合っていた。

契約も少しずつ伸び、安定していった。

大きな契約が取れたある日

気を良くした二人は有楽町のガード下に出来た

新しい創作料理の店へと向かった。

二人は赤ワインで乾杯して

ちょっとほろ酔い気分になって、

何気なく太一がおしぼりで

手を拭きながらこう尋ねた。

「あのさぁ、

 ちょっと聞きずらかったんだけど

 今はその、....大丈夫なの?

 ちょっとは元気は出たか?」

一瞬びっくりた顔をしたが、ニコリと笑って

グラスを置いた真純はこう答えた。

「うん....ありがとう。

 会社では言えなかったんだけど

 2年付き合ってた彼氏と別れちゃってさぁ、、

 私こういう性格だし、なんていうか

 自分ひとりで解決したかったんだよね。

 でも、結局皆心配させて業績でも

 迷惑かけちゃって、、本当、

 自分が恥ずかしいよ....」

真純は少し涙目になった。

「ごめん、こんなこと聞いちゃって。

 でもさ、そんなに頑張んなくたっていいのに....

 人間なんだしさ、誰だって大事な人と
 
 別れたら元気なくなるものだと思うよ。」

太一は遠くを見るような目で真純を励ました。

「黒毛和牛のローストビーフ

 バルサミコ風味でございます。」

ゴトリと置かれた重そうな和皿の上に赤々とした

ローストビーフが薔薇の花びらのように

盛り付けられていた。

「お、真純が大好きな肉が来たゾ!

 湿っぽい話はこれで終わり。

 食べよ、食べよ!」

太一は真純に優しくビーフをサーブして

上目づかいに「ほら」という風に

皿を差し出した。

真純はなんだかほんわかした気持ちになり

いつしかいつもの笑顔に戻っていた。

帰り道、銀座方面へ散歩すると

真純が急に一つのショーウインドーに

足を止め嬉しそうに呟いた。

「あー、HR from.A 

 ここにも路面店できたんだぁ!」

夜9:00を回っていたが、場所柄もあり

店は開いていた。

「ねぇ、ちょっと入っても、いいかな?」

甘えるような声で太一に尋ねる。

「もちろん、今日は俺もいい気分だし

 こういうとこ初めてだから

 ちょっと興味あるな。」

二人は両開きのドアを開け中に入る。

コンクリート打ちっぱなしの壁には横長のミラー

がはめ込んであり中央には四角柱のボックス型の

ショーケースが並んでいる。

差し詰め、郊外にある美術館でも観ているような

ピンと張り詰めた空気が漂っている。

「わー表参道店とはまた違った感じでかっこいいなぁ~。」

真純の元気な声が店内に木霊する。

「あら、鷺野様じゃありません?」

真純の後ろで40代くらいの女性の声がする。

「深見さ~ん、ビックリ!

 こちらに転属になったんですか?」

「ええ、今日はヘルプで来月から正式にこちらの店長として

 配属になる予定だったんです。今日、実は鷺野様に

 そのお知らせをするはがきを出したところだったんですよ。

 こんな偶然ってあるんもんですねぇ。呼ばれちゃいましたか。」

気さくだが品のある声に太一も自然と笑顔になっていた。

「あのね、彼女は私の通ってたお店でいつも
 
 素敵な品物を選んでくださる方なの。

 私に似合うものを見つけるの本当に

 うまいんだよなぁ~私いつも参っちゃう。」

「へぇ、そうなんだ。どうも。岡田といいます。」

照れくさそうに太一が自己紹介する。

「今日は....彼氏さんと、ご一緒?」

二人は顔を見合わせ

「いえいえ、違います!

 ただの同期ですから....」

と顔を赤らめて下を向きながら手を振る。

そんな可愛らしい二人を見つめながら深見は

「なんだか、息がピッタリだったからつい....

 ごめんなさいね。」

と笑顔で見守る。

「実は彼氏とは別れちゃって、

 それで、今日は仕事で大きい契約がとれて

 太一と一緒に祝杯をあげてたんです。

 それで散歩してたらここみつけて。

 どうしよ。

 もーこのネックレスとも

 そろそろバイバイしなきゃってことかな。」

真純が指のはらで弾いているネックレスは

誰もが知っているハイエンドジュエリーのそれであった。

しかしそのネックレスは真純の華奢な首元を

逆になんとなくチープに見せていた。

(元彼、真純が好きなもの知らなかったのかよ)

太一は真純のつけているブランドもののネックレスと

間逆な店内のジュエリーを見渡し少しだけ

腹立たしい気分になった。

「実は銀座店だけのオリジナル新作ジュエリーがあるんです。

 明日から発売予定なんですが、鷺野様特別御見せしますね。」

それは蝉のブローチとガッチリしたフォルムの

ダイヤがついたリングのセットだった。

「え~何これ、すっごく好み~!」

チタンとプラチナそして七宝でつくられた

尖っているのに柔らかいデザインのブローチは

ヴォリュームのあるようで薄くジャケット

の襟元につけるとなんともエキゾチックで

真純の顔立ちをより際立たせるような

輝きを放っていた。

「お、似合うじゃん!

 俺は今のネックレスよりずっと

 真純らしくていいと思うけどな。」

「えー?本当~?」

「ええ、美しい鷺野様のお顔がますます映えますね。

 蝉さんも喜んでるみたい。」

両手をあわせ可愛らしく微笑む深見に

「もぉー深見さんてばうまいんだからっ」

と言いつつ何度も鏡の前でポーズを取る真純。

「どうしよ......、、よし!決めた!

 これは出会いだから奮発しちゃいます!

 ブローチだけセパレートで買うことって
 
 できます?」

「もちろん、大丈夫ですよ。

 いかがいたします?

 お包み致します?それとも...」

「着けて帰ります。

 こっちのネックレス外して

 包んでもらってもいいですか?」

「ええ、かしこまりました。」

「ありがとうございました。

 また、気が向いたらぜひお二人で

 遊びにいらしてくださいね。」

初めて入った店なのに、なんだか名残惜しい気分になるのは

きっと深見さんの魅力なんだろうな、と考えながら

ペコリと頭を下げて太一は真純と来た道を引き返した。

お気に入りのブローチをつけた真純は

純粋無垢の少女のような可愛らしさに満ち

太一はそんな彼女をいつの間にか好きになっていた。

そして真純も何でも受け止めてくれる太一を

心の拠り所として頼りにするようになっていった。

太一が紹介してくれるレストランはいつもピカイチで

美味しいだけでなくサービスも行き届いているところがほとんどだった。

それはクライアントをおもてなししようという太一の心くばりだと

いうことを真純は知っていたがどうしてこう尽くすのが

好きなんだろう?といつも不思議だった。

付き合いだして丁度一年が経ち、

いつも大切にしてくれる太一に

真純はお返しがしたくなった。

「ねぇ、太一。

 いつも美味しいレストランに連れて行ってくれるから今度の日曜は

 私の家でご飯作って食べない?」

「え、いいの?なんか嬉しいな、真純の手料理初めてだな!」

「これでも結構まともなもの作るんだからねぇ~。
 
 何食べたい?苦手なものとかある?」

「わかった、わかった。キライなものとかは特にないよ。

 あーなんかドカッとしたものとサッパリとしたスープがあったら

 なんかお酒が美味く飲めそうだな。」

「じゃあ、チキンのハーブグリルとオニオンスープとかはどう?

 ワインとも合いそうだし。」

「おーうまそう、それにしよう!楽しみにしてる。」




*  *  *




「確か、この辺だったよな....」

元気を取り戻した真純と太一はペアを解消し

それぞれの任務で仕事をすることになった。

太一は、思い出の銀座の町に降り立ち、

一度しか訪れたことのないあの店を探していた。

地理には強い方だったが、いかんせん

アクセサリーなど身につける趣味がない太一は

店を探すのに既に1時間を要していた。

「HR from A.....だったよな。確か....」

焦る一方だが、心を落ち着けて来た道を戻り

感覚を頼りにえぃっと右折する。

するとずっと前からあったように静かな佇まいの

あの時と変わらぬ店が姿を現した。

感動と共に、今度は緊張の波が襲ってくる。

深呼吸して中に入る。

相変わらず、ピーンと張り詰めた冷たい空気が漂っている。

ツリ目の若い店員が微笑みを讃え、小さくお辞儀をして

「いらっしゃいませ。」と、店長を呼ぶ。

太一も大きな体を曲げ会釈をする。

「あら、鷺野様の....」

と一瞬驚いた顔をした後に満面の笑みを讃え

「いらっしゃると思っておりました。」

とその後にゆっくりと続けた。

「あの時、私このお二人もしかするとご結婚しちゃったりして、

 と直感的に感じてしまったんですよ。

 こういうお仕事をしていると、分かるんです。

 女性を大切に思っている方と思われている女性は

 必ず結ばれるって。不思議でしょ?」

太一は、自分の心を読まれているような気分になって

突然、どぎまぎした。

「いやぁ、まさか、自分がこんなアクセサリーを買いに来るなんて

 夢にも思ってなかったなぁって。
 
 でも、付き合って1年で少し早い気もしたんでけど

 男のケジメってやつですよ!ははは!」

と照れながら、頭をぼりぼり搔いて辺りのアクセサリーを

ぐるりと見回した。そして、こう続けた。

「それで、もう、....残っていないかもしれないんですが、

 普通の婚約指輪とかじゃなくて.....その.....

 あの時のブローチとセットになっていた、あの

 グリーンのキレイな指輪って、まだ残ってたりしませんか?」

とたんに、あの快活なしゃべりが急に子猫のように

弱気になって深見を上目遣いに見る。

「実は....お二人がそうなるんじゃないかって

 取っておいたんです!

 本当はしてはいけないんですが

 鷺野様にどうしても就けて欲しくって私の一存で

 御取り置きにしていたんですよ。」

とにっこりと笑って店の奥に姿を消した。

そして戻ってきた手にはシックな黒いケースの中に

まるで虫が眠っているかのように静かに呼吸をしながら

あの指輪が鎮座していた。

「わぁ....改めて見るとやっぱりすごくキレイだな....

 うん、あいつに絶対似合う!」

ふふふ、と笑って深見がそれに答える。

「やっぱり、鷺野様が選んだ方ね。

 気取ったり、分かったふりをせずに、思ったままを

 子供のように純粋にお話されるんですよね。

 いつか、ふらりと鷺野様がやってきて

 貴方の事をそうおっしゃっていたから。

 すごく居心地が良くて頼り切ってしまう自分が

 申し訳ないって、熱くおっしゃっていたのよ。」

そんな話を聞かされ、嬉しくて、恥ずかしくて

太一は耳まで真っ赤になって、

「いや、あっ、その、サイズとかは大丈夫なんですか?

 真純少し太ったみたいだから....」

としどろもどろに返すと、また深見はふふふ、と笑って

「大丈夫ですよ、サイズなら測ってありますからご安心を。

 鷺野様は9号でもし心地が悪いようならお直しも無料で承りますわ。」

とリングを差し出した。

ゴツくみえる指輪も、良く見ると精巧に作られていて

太一の大きな手の中ではまるで小さな黄金虫が

眠っているような可愛らしい姿に変身した。

「そうですか....じゃぁ、これ、お願いします!」

そういうと太一は天を仰ぎ

「わー、本当に買っちゃったゾ。」

と小さく呟いた。

深見は丁寧に指輪をラッピングしながら

眼を手元に向けたまま静かに話し出した。

店内は相変わらず静かで、後ろで先ほどの店員が

大きな石のついたペンダントを念入りに磨いていた。

「このブランドの由良、お話していませんでしたね.....

 実はこの作品を手掛けているのは濱田晃という男性の作家なんですが

 亡くなられた奥様の為に造り始めたのがきっかけで

 人気が出てきてついに出店することになったブランドなんです。

 麗子さんという、すごくエキゾチックな美人な方で....

 持病を患っていて貴森峠の別荘で静養していたんですが

 凄く命を大切にする方で小さな草花や虫達を大変愛していたんです。」

「だから、虫のモチーフやグリーンがテーマになっているんですね...」

「えぇ。でも亡くなられてしまって、奥様を心底愛していた濱田は

 自暴自棄になってしまって毎日泣き暮らしていたんです。

 ところが、ある日不思議な光景を見たんですって。

 緑色の蝉が普通の鳴き方じゃない美しい鳴き声で鳴いて

 つい見とれて何時間も何時間もずっと涙を流しながら

 見ていたんですって。

 そしたら急に風が吹いて木の枝に隠れたと思ったら

 いなくなっていたんですって。

 そして、気付くと足元に緑色の羽根が落ちていて

 思い立って不意に作り始めたんです。

 もう、あとは夢中で独学で作品を増やし

 ある日、彼女の誕生日に親しい友人達を

 招いて個展を開いたのが始まりなんですよ。」

「うわぁ....なんか、いい話聞いちゃったナ。

 感動してつい、目頭が熱くなっちゃいました!」

深見は、ふふふとまた笑いながらこう続けた。

「実は、その濱田という作家は私の実兄なんですが、

 貴森峠のアトリエの別荘を今度チャペル付きのサロンに改装することが

 決まっていて、そこで結婚式をあげる第1号のカップルを

 探していたんです。もし、このプロポーズが成功したなら

 鷺野様カップルに来て頂きたいなぁ...なんて

 ごめんなさいね、プレッシャー与えちゃって。」

「えぇ!そうなんですかー?真純はそれを....」

「全てはご存じないですよ。由来...くらいですわ。」

「いやぁ、わぁ、確かにプレッシャーだな...

 でも真純めちゃくちゃ喜びそう!

 なんか、いいタイミングできたかもしれないなぁ。」

「そうですわね。インヴィテーションとパンフレットも

 中に入れておきますのでお二人でご検討してみてくださいませ。」

「ハイ!その時は宜しくお願いします!」

あの時と同じように、ペコリと頭を下げ店を後にした。

高揚する気持ち、逸る気持ちをどうにもできず、

早歩きは駆け足になり、やがて最後には猛ダッシュになり

道行く人は何事かと太一を振り向きざまに見送った。

ネオンが線になって彼の後ろへ流れ星のように流れていった。




* * *



「いらっしゃーい!」

「おす!これ、ワインとシャンパン。
 
 飲むよな?こんぐらいは。」

「うん、きっと足りないかなーと思ってビールも買っといた。」

「そっか、じゃおじゃまします!」

真純の部屋は整然と片付いていて、ほのかに

花のようないい香りが漂っていた。

白を基調としたシンプルな室内に

ポイントでシルバーとピンクの小物が

センスの良さをうかがわせた。

「へぇ、意外とさっぱりした部屋なんだな。

 なんだか落ち着くな。」

「ほんと?じゃー、太一そこ座っていいから!

 グリルは仕込んで今焼いてる。

 スープはこれから。

 すぐできると思ってさ。

 おつまみ食べて待ってて。」

真純は太一に背を向けながら準備に取り掛かった。

太一は急にきゅっと心臓を掴まれた気持ちになって

「俺も手伝いたいな。

 なんかない?

 やること。」

「大丈夫。

 ないない、いいよ気使わないで座って

 くつろいでてよ。」

真純はやはり背を向けたまま、

太一に言うと手際よく準備を始めた。

ガタン、と椅子が倒れて

ちょっと哀しげな目つきの太一が

ビックリして振り返った真純を見つめていた。

「どうしたの?!びっくりしちゃったじゃない。」

椅子を直すと太一は真純の隣に足早に歩み寄り

「やっぱり手伝う。手伝いたいんだ。」

と語気を強めて言った。

「うん....分かった。

 でも今日は私が太一にお返しする番なんだし、
 
 ゆっくりと座っててもらいたかったから...」

いつも優しい太一がいつになく厳しい表情になっている事に

動揺しながら真純は一緒にたまねぎを剥こうと提案した。

不意に太一が口を開いて話出した。

それはいつもの太一の口調とは違っていて、

単調な中に怒っているような

泣いているような感情の入り混じった口調だった。

「俺、母さんと二人暮らしだったから。

 なんか、色々思い出しちゃってさ。

 うちの父さんはなんていうかひどい亭主関白でさ

 母さんに命令して、気に食わないと怒り出す

 気性の荒い本当にやっかいなヤツでさ。

 で、耐えられなくなった母さんは俺を連れて家をでてね。

 晴れて二人で仲良く暮らせるって俺は喜んでたんだけど

 母さん、なんだろプライドだったのかな。

 俺に絶対に家事を手伝わせてくれなかったんだよね。

 座ってて、貴方はそんな事しなくていいって。

 俺、その言葉が嫌でさ。

 突き放されたみたいだなって。

 俺は思う存分母さんに甘えられるんだって思ってたのに

 手伝って母さんのすぐ横で母さんの顔見ながら

 母親を感じたかった。

 だから、ゴメン、さっきはその言葉に動揺しちゃったみたいだ。」

「そっか...ごめんね。
 
 私気付いてあげられなくて、ほんとうにごめん。

 私、太一に甘えて頼ってばっかりでこれじゃ

 ダメだなってすごく思っていて今日は

 その分お返しをしなきゃって思っていたの。

 でも、太一のそんな気持ちも気付いてあげられないんじゃ

 なんか、私、...ごめん..なんか涙が出てきちゃった。」

「俺の方こそ、勝手に母さんの姿を真純に重ねるなんて

 ほんとは失礼な話だよな。俺こそごめん。」

「それで、お母様、2年前亡くなったんだよね...

 寂しかったよね。

 なのに太一はいつもそんなに大きくて

 温かくて、いつも誰かの頼りになる存在でさ。

 誰にでも手を差し伸べて、それで逆に大変そうに見える

 ときもあって何でだろうって思ってたんだけど

 お母さんの傍で笑っていたかったんだよね。」

「あぁ。確かに母さんが死んだときはシンドかったな。

 でも最後まで俺は手伝いさせてもらえなくて。

 その後、父さんも癌で危篤になったって

 親戚伝えに聞いて間際に行って話したんだけどさ

 父さんなんて言ったと思う?」

「なんだろう、謝ってくれたとか....かな?」

「あぁ、母さんを一番愛してたって泣きながら言うんだよ。

 葬式にも顔見世なかったくせに、さ。

 細くなった手足で必死にさ俺の腕を掴んで。

 俺、冷たいようだけど

 だったらなんでそれを母さんに直接言ってあげなかったんだ!

 って叱り飛ばしちゃってさ。

 そしたら泣きながらそうすべきだった、愛していたって

 繰り返すばかりでさ。悔しかったよ、目茶苦茶。
 
 二人は愛し合っていたのにちゃんと互いの顔も見れない

 状態になって傷付けあっていたんだって。

 だから俺はそうはなりたくないって決めたんだ。」

太一の声が震えていた。

真純がハッとして見上げると太一は必死に

涙を堪えているのが分かった。

真純は太一の手に自分の手を重ねて

「大丈夫。私は太一の隣でいつも笑ったり、

 怒ったり、泣いたりする。

 約束する。絶対に背を向けたりしないよ。」

太一が玉ねぎを握り締めたまま、拳を目頭にこすりつける。

「もぅ、玉ねぎが.....、さぁ!」

「本当だね、玉ねぎのせいで私達バカみたいに

 泣いちゃったね!」

二人は顔を真っ赤にして泣きながら、笑った。

そして抱きしめあって、

「もう、ずっとずっとそばにいるから。」

そう二人どちらからともなくそう言っていた。

太一はゴシゴシと涙を拭い、鼻をすすりながら

「えっと、ご飯の後に渡そうと思ったんだけど....」

ともそもそと、カバンの中からある包みを出した。

「え?えー?えーー?まさかぁ?うそぉ!

 HR from.Aじゃん!」

「そう、開けて。」

「え...これ.....」

今度は真純が涙で顔をぐしゃぐしゃにして

ぺたりとしゃがみこんだ。

「もう、真純、泣きすぎ....」

太一は真純の隣に腰を下ろすと

「ずっと一緒に居よう。結婚してくれる....かな。
 
 俺の隣で笑ったり怒ったりしてよ。ずっと。」

そう言って、指に指輪を嵌めた。

指輪はピッタリと真純の指に嵌り

彼女の白い細長い指をさらに美しく見せた。

「うん、一生大事にする。指輪も太一も。

 ありがとう、最高のプレゼント。

 こんなに尽くしてくれる人太一が初めてだよ。

 ずっとずっと一緒だよ。」

二人はしばらくキッチンにぺタリと座ったまま

手を握ってぼんやりした。

そして、太一がポツリと

「玉ねぎスープはいかんなぁ、

 こんなに二人を泣かせちゃうんだから!」

と笑いながら言った。

いつもの太一の明るい声に戻っていた。



 * * *



「こんにちわぁ!わ~素敵!各店舗のデザインコンセプトって

 このサロンからきたんですね~」

5月の新緑香る季節にサロンで下見と式の打ち合わせに

車で3時間かけて貴森峠まで籍を入れたばかりの

太一と真純は訪れていた。

深いグリーンの中にコンクリート打ちっぱなしの

美術館のような建物が姿を現し、外観からは分からないが

中に入ると鮮やかなステンドグラスが様々な

色の影を床に映し出し、まるで波打つ絨毯が

床に敷いてあるような錯覚を覚えさせるようであった。

「どうも、良く来てくださいました。

 妹からお二人の話は伺っておりました。こちらへどうぞ。」

二人を迎えた濱田は白髪をゴムで結わえて

麻のパンツにコットンのシャツを羽織って風のように現れた。

中二階に打ち合わせをするための一枚板の長いテーブルに

手作りの陶器に近所で有名な珈琲を入れて出してくれた。

「こんなところで、しかも作家さんのアトリエで

 式をあげられるなんて私達、本当に本当に幸せ者です!」

両手でカップを包みながら大事そうに珈琲を飲む真純を

温かい目で見守る太一。

「ほんとうに、なんて言っていいか。

 今まで色んな式に出席したけど

 こんな式場は初めてかもしれないな。

 真純らしい式であれば僕は満足だよ。

 この機会を与えてくださってありがとうございます。」

今度は、濱田に深く頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ、

 初めてのお客様がお二人でよかった。

 妹からずっと気になるお客様の話は

 何人か聞いていたんですが、その中でもお二人には

 なぜか僕も最初からシンパシーを感じていました。

 ご縁....なんですかねぇ。」

目じりの皺が魅力的に刻まれている濱田は

特別に二人にデザイン画を見せた。

「へぇ、すごいなぁ。絵もきれい。

 こんな色良く出せますよね。」

「えぇ、頭から離れない形や色を出さないと

 気がすまないんですよ。

 じゃなきゃ、彼女が違うって拗ねるから。」

そう言って、重厚な薬箪笥の上のモノクロの女性の写真に

濱田は目を移した。

「あれが....奥様ですか?凄くお綺麗な方ですね。」

「あぁ、彼女が僕を作家にしたんだ。

 そして、あのときと蝉が....」

「緑色の不思議な鳴き方をする蝉...ですよね。」

「みんな噓だって僕をつっつくんだけど、本当なんだよ。

 君達は僕にとって大事な人たちだから特別にみせてあげよう。」

そういうと茶箪笥の引き出しから硝子ケースを取り出した。

その中には不思議な色合いの薄いグリーンの羽根が入っていた。

「わ....こんな綺麗な虫の羽見たことない。

 本当の話だったんだね。素敵!」

濱田はその羽を愛しそうに見ながらこう続けた。

「この緑の蝉は、僕の奥さんなんじゃないかって僕は思ってるんだ。」

「奥様が...?」

「ああ。泣いてばかりで下ばっかり向いていた僕を妻がそんなんじゃ
 
 ダメよ、上を向かなくちゃって。そう励ましてくれたんじゃないかと思って。

 作り出すと夢中になるタイプだって彼女は知っていたから

 彼女が蝉の化身になって僕に気付かせてくれたんだってね、

 そう思ってるんだ。」

「なんだか...素敵な話ですね。

 お店で深見さんに濱田さんの話を聞いた時も素敵だなぁって感動したけど

 濱田さん自身から聞いてまた感動しちゃいました。
 
 僕もそう思います。綺麗な蝉きっと奥さんですよね。」

太一も濱田に目を輝かせながら相槌を打った。

「誰しも、苦しいときや哀しいときがある。

 でも、きっかけさえあれば人は変われるんだ。

 そして美しいものは人の心を救う事ができる。

 僕はその変わる手伝いをさせてもらってるんだ。

 妻に次に会うまでは、彼女に似合うような極上の作品を作るって

 彼女に誓ったんだよ。」

「確かに、私達も互いに凄くしんどい事があって

 不思議なご縁で結ばれてこの作品に何度も支えられましたもの。」

「そう、言ってもらえると嬉しいな。」

打ち合わせが終わり、近くの雑木林を散歩することになった。

「この辺りだよ。」

そう濱田が見上げた大きな木は樹齢数百年はありそうな巨木で

大きな枝をゆらりゆらりと風に揺らしていた。

二人は心地よい風に身を任せ、しばらく風の音を聴いていた。

「あれ...、なんか鈴の音がしない...?」

真純が不意に目を開けて太一が振り向いた。

「あ、あの時の羽音と一緒だ....」

すると枝の間から、季節はずれの緑色の蝉が

一瞬飛び立ったかと思うとキラリと羽根を輝かせ

また他の枝へと姿を隠してしまった。

「奥様が....祝福してくれたのかもしれないね....!」

真純はそう言うと太一の大きな手をぎゅっと握って

太一の肩に凭れ掛かった。




 * * *




愛実が目を覚ましたらしい。

急にぐずり出して真純はむくりと起き上がった。

リビングの本棚には新緑に包まれたサロンでの

二人の結婚写真が飾ってあった。

真純は写真をしばし懐かしく見て

「ハイハイ今行きますよ~」

といいながら風にあおられるカーテンを搔き分け

「今日は何の記念日じゃないけど

 久しぶりにあのオニオンスープにしようかな...」

と呟きならがら愛実を抱き上げ

柔らかい頬にKissをしてカーテン越しに

揺れるオリーブの木をやさしく見ていた。

あの時の緑の蝉が不意にまた訪れる

そんな気がして。








(夢澤 日秋 著)

La leo litende leo 
Akieem Zawadi
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Akieem Zawadi
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散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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