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世界平和を考えて涙する夜

こんばんわ!
Akieem Zawadiです。




 




本当は、倉敷と広島の散歩日記を描こうと思ってたのに
この写真見て世界平和のことを考えてたら涙出てきてしまった。

自分の欲するものと
自分の周りの愛すべき人々。
その幸せの向こう側。
今まではっきりと形に
出来てなかったと感じたら
涙が止まらなかった。

曖昧な意識、形、本来ずっとそうしたかった事、あるべき姿。
心地よいもの、追い求めたい事、その答え。
私が居るべき場所はどこなのか、そして隣にいるべき人は誰なのか。

そんな事を考えていたら不思議と涙がこぼれ落ちてきた。
早く流れる雲の合間に見える檸檬月。
そのお月様だけがきっと答えを知っているのだろうと
そんな事を11月の半ばに考えているのだった。

この涙、形にしたい。

明日は元気にそれを一つ拾いに行こう。












La leo litende leo
akieem zawadi
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こんばんわ!
Akieem Zawadiです。


先日の高尾山に続き、ひっさびさに鎌倉へ行こう!海を見に行こう!と
はた、と思い立ち電車に飛び乗ったのでした。
前回行った時は丁度、震災の前の年、あのときはなんだか海から
嫌われてる?怒ってる?海....と少し寂しい気分で帰ったのを覚えてますが
がやっぱりそういう勘って当たるんだなーって思いました。


ということで、当日のAkieemはRockだぜ!
Rock聞かないくせに、Rockな格好してみたぜベイベ!



暑い日にこの服セレクトは少しバカでした。
変なノリになってきましたので、早速行ってみましょー★



震災もあったし、鎌倉に行く方やっぱり減っちゃったんでしょうかね~寂しいです。
ちなみに鎌倉に着くとモノレール&江ノ電ノリホチケットは販売されてるので
ぜひ購入してみてください!!

と、いうわけでまずは私は池袋から湘南新宿ラインにて大船まで行き
大船からモノレールで湘南まで行きました!!!
この日は朝から快晴でもうめっちゃ海日和!!
テンション上がりまくりました。

モノレールは何度乗ってもいいですね~♪
オススメは、進行方向左側に前向きに乗る事。
そうすると目の前に海が見えた時に「わぁ~!」って感動するんです!
(私、海がない地域に育ったもんで、あの海見えてきた感が堪らないんですよね^^)

あっという間に江ノ島に到着~ww



江ノ島神社は竜神様が祭られているところで知られています。
私は今年辰年の年女。
何となく意味があるような気がしてお参りすることに^^

.......とその前にお気に入りのお店で腹ごしらえする事にいたしました!!!

そのお店はコチラ!

『藤波』

ここ、並んでも惜しくないくらい
ネタがうまいんですよね~。
マジで。



場所は橋を渡りきって左側のバス停の後ろにあります。
こーんな感じで所狭しとメニュー(主に丼物)が置いてあり
並んでいる最中に決める事ができる仕組みになっています。
私が並んでいたときは3番目で、1人なのであっという間に
カウンター席に案内されました!



カウンター席からの眺め。
こっちにもネタメニューがあるので迷わず決めれます。
いや、メニュー豊富なので迷うかもですね。
私がオーダーしてる間に、ホラ、すごいでしょ?
あっという間に並んでる。

そして、あっという間に出てきたAkieemお気に入りメニュー

タラーン

『海鮮丼』



鎌倉といえば「しらす丼」。
しかしね、しかしですよ?それだけでいいんですか?
私いろーんなものを少しづつ沢山食べたい性分でして
いっつもこればっか頼んじゃいます!!
もーネタがおいしくってね~プリップリなんですよ?
エビも甘いしww

ちゃーんと、生しらすの小鉢とサラダにも茹でしらすが入っていて
はずしていない。うに丼とか、いくら丼とか、天ぷら系とか
ほんとーにいーろいろありますが、まず、この『海鮮丼』
だまされたと思って食べてみてください。

まず、間違いないですから!

そして、お店のオニーサン達も超テキパキしていて気持ちいい。
2階には座敷もあるらしく家族でおいでの方なんかは、海を眼下に
望みながらの昼食なんかもいいと思いますよ♪



さて、腹ごしらえが終わったAkieem。
いざ江ノ島神社へLet’s go!



私貝好きなので、いっつも貝殻購入してたんですが
今回はなるべくみないようにして
お気に入りのプライベートビーチに来て見ました!

と、いっても路地裏抜けた特に何の変哲もないただの岩場なんですけど
人けがなくって恋人達にはオススメかなーって^^





なんだかね、錆びたトタンも素敵に見えてきちゃったり。

ひたすら、岩場で写真撮ってたらおば様に
「何か生き物でもいるんですかー?一生懸命見てらっしゃるから。」
と声をかけられました。
何も.....居なかったんですけどね、波がキレイで見とれちゃってね。

 

  

こーんな感じで無駄に写真を撮ってました。
疲れてたのかなー。

道行く路地の紫陽花も揺れて笑ってくれてるみたいでした。

 

さて、着いた!着いた!

『江ノ島神社』




後光射してますね~★’’’’

何をしに来たかって言うと.....



ハイ!銭洗い!!!!

こちらね、冷たい水がさらさら流れていて本当に清められた気分になります。
洗った銭は竜神さんに一部納めます。これぞお賽銭!投げる!!



カシャーン!!!
はい、入らなかった。
でも、あたりにお金がキラキラ水に揺らめいてね、とってもキレイな場所なんです。

そして、私のお気に入りの場所へ.....

縁結びの絵馬が飾ってある木!!!
この女の子達がね、絵馬見ながら色々言っててかわいいから
こっそりパチリ☆



こちらから、見る江ノ島の花火がいいんだこれがまた!
(そんときはひとりだったけど......)



そして、眺めのいい高台。
ここの景色はいつ見てもサイコー!



振り返ってみたら、ちょっとした池に人だかり....
なになに?と覗いたら亀さんがたーくさんそよそよ泳いでた!
かわいい!実家で買っているぺーくんを思い出す。



うんしょ、こらしょ。
この亀さんね、腕力がすっごいの!
必死でかわいーでしょ?^^

そして、前にデートで来たときに行かなくていーやーと言って
行かなかった場所に言ってみる事に。
さらに上に登って見ました。

す、するとそこには植物園があるではありませんかー!!!

『江の島サムエル・コッキング苑』

申し忘れましたが、私、温室とか植物園がだーいすきなんです!



チケットかわいいね。



展望台だと¥500、園内だけだと¥250.
いいよここ~^^
こんな感じ。
入るとまず目に飛び込んでくるのが中国の東屋。
前に中国に行ったの思い出して懐かしくなっちゃいました。



 

天井もすっごく手が込んでてキレイ。

そして、奥へと進むと南国の木々、植物が沢山あり
異国に来てるような錯覚に陥る。


 

  

アフリカとハワイを足して2で割ったみたい!

そして....マ、マイアミ?!



どうやら、姉妹都市らしいです。

そして振り返ると遺跡?

 

もう、どこの国だか分からなくなってきました。
このマイアミビーチの近くにあるのがフレンチトースト屋さん。



入りたかったのですが、満員&列だったので今回は断念。
有名店らしく、あたりに甘く香ばしい匂いが漂いいい心地でした☆

心を癒されまくった私は園の外に出てみました。
外もいい感じで見てください....やっぱり西海岸か?
って感じの海キラキラの景色。



そしてUFO?
みたいなものが海の上に浮かんでいました!
蜃気楼かな~なんだろう?未だ気になってます。



さてさて、今回の大本命!

江ノ電にのっていざ行く先は
紫陽花寺で有名な

『長谷寺』

慌てちゃって本堂撮るの忘れましたが
6月の梅雨時期にはやっぱり旬のものを見なくては!
ということで本当は雨に濡れた紫陽花を見るつもりでいましたが
晴れ晴れもいいかな~と来て見て正解!!



お地蔵さんのいる辺りで既にこのキレイな紫陽花が。
苔むした幹なんか私好みww

そして、整理券のうちわをわたされました。
私は64番。



なんと45分待ち、しかも、再入場不可。
そのため、境内をぐるぐると散歩する事に。
お?ちょっとこっちは....と導かれたのが
「弁天窟(CAVE)」

と書かれた、弁天様が祭られた洞窟でありまして....
石に彫られた石造はなんとも荘厳でありながら生生しく....
腰をかがめて入ったら、何コレ!!!!!!



ちっちゃい、弁天さんがいっぱい!!!

こんなところにも!

かわいい!!!



「こっちよ~ん」

と出口に導いてくれました。



ここ、好きーーーーー。
と素直に思いました。

そして、順番に回ったら10分待ちになっていたので待つ事に。
ベンチがある辺りは霧が吹いてあって気持ちいい。



そして、キターーーーー!!!!!

あ、いや、だめ!

ここがメインなのに!!!!

電池が電池がぁ~~~~~~!!!!!



 

電池切れて、たった3枚しか写真撮れなかった......

ショック.......

でも、目にきちんと焼き付けました。
なんと、2500株も植わっているらしいですよ?

この着物の淑女が素敵で勝手に紫陽花と一緒に撮っちゃいました☆

この初老のご夫婦が素敵でね、声高に旦那様があーだこーだ
アレはダメ、これはたいしたことないとかなんとか。
でも、奥様がガク紫陽花がさりげなくて素敵だと思わない?
って言った後、旦那様がしばらく沈黙した後に
あれだな、ガク紫陽花が一番色も形もいいな!と言い出して。
奥様は儚げなもの、さりげないものが好きなんでしょうね。
そして、旦那様はそんな奥様が好き。

それが後ろで見ていて手に取るように分かる。
なんとも微笑ましい1コマを見せていただきました。

こういうドラマが私は好きなんですよねー
いくつになっても人を愛するっていう事はできるってことなんですよね~^^

この後、由比ガ浜から足を海水にひたして鎌倉鶴が丘八幡宮に
着くころはもう、日も沈みかけてました....

最後の夕飯はコレ!

『鎌倉 峰本』




ここ、雰囲気もサービスもいいですよ^^
そして面白いメニューも多い。
これね、黒ゴマサザエのサンラータン風のおそばとサザエの肝ジュレ乗せ!

不思議な味なんだけど.....うまかったよ~♪
変わりメニュー好きな方にはオススメ!

しかし、平日.....お土産やは軒並み既に閉店していた...残念。
しかも、北鎌倉の円覚寺に行くつもりだったのに行けず.....残念。

ま、いっか次回次回!

今月北鎌倉行ってこようかな~
あの龍の天井拝みたいんだよな~

と、いうことでまた行きましたら、旅Blogアップしまーす!!!!

SEEYOU~☆ミ



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○江ノ島神社
http://www.enoshimajinja.or.jp/

○江の島サムエル・コッキング苑
http://enoshima-seacandle.jp/garden/overview.html

○藤波
http://tabelog.com/kanagawa/A1404/A140403/14004850/

○長谷寺
http://www.hasedera.jp/01_hasedera/index.html

○鎌倉 峰本
http://www5a.biglobe.ne.jp/~minemoto/

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La leo litende leo
akieem zawadi

太陽に近づく高尾山の旅

こんばんわ!
Akieem Zawadiです。

ムシムシした日が続きますね....
皆様いかがお過ごしでしたか?

さて、私事ですが、先月初旬に父が脳梗塞で倒れ
その連絡を受けた私は先月5日間ほど帰省しておりました。
運良く体は問題なく動き言語と記憶中枢に若干後遺症が
残る程度であったので会話を楽しむ事もできお蔭様で
コミュニケーションを取る事ができました。

その後Livepaintを無事終わらせる事ができ、
バタバタした気持ちを整理して自然に触れる為、
また、霊験灼たかなものへの祈りを捧げる意味で
数年ぶりに「高尾山」への登ってきました。

 * * * *

いつもは「山初めて」的な誰かと一緒なので
今回は一人で登ってみる。

京王線で新宿から1時間もしないうちに到着した。
今回はケーブルではなくリフトに乗りたい希望だったので
ケーブルorリフトハンチケ付チケットを買い電車に飛び乗る。



高尾山口に到着。週末で晴れという事もあり
駅は既にすごい人でごった返していた。
良く分からないので目の前にある1号路からいざ、出発!



けっこうキツイ坂が続く、スイッチ式のようなギザギザした坂道を
汗だくになりながら休み休み登っていくと
途中外国人の姿もチラホラ見かけられる。
さすがミシュランで3ツ星が出た山だけはあるな~と思いながら
大木に触れたり、ガードレールに腰掛け汗を拭ったりして仰ぎ見ると
木々の間から太陽光線がチラチラと風に揺れて目に飛び込む。

まだまだかな....と思ったら以外にあっけなく山頂口についてちょっと拍子抜け。

甘いものが欲しくなったので、スィートポテトを買って
冷たいほうじ茶と一緒に喉に流し込む。
一気に疲れが取れて茶屋の脇からは
八王子の町が薄っすらと白く
眼下に望む事ができた。

そこから、また山頂を目指して歩く。
男坂を登りふと右を見ると小さな階段があるのに気付き、登ると
白いお堂があり、まるで海外の寺院にいったような不思議な感覚となる。

写真があったのに、消えてしまってお見せできないのが残念なくらい美しく、
品のある弁天様が半胡坐をかいて鎮座されていた。
その手のなんと優しいこと、美しい事といったら.....
思わず手を握り、

「どうか、父が早く回復しますように....
 母の目の手術がうまくいきますように....
 此処に眠る方々が成仏できますように....」

とお願いしてしまった。
そこはシベリア抑留で亡くなられた方々の眠る場所なのだった。
小鳥の囀りと木漏れ日の中、私の息遣いだけが
静かにその場所に漂っていた。
それ以外に人の声さえ聞こえない時間が止まったような場所だった。

茶屋へ降り本当は2号路のつり橋へ行く予定が....どこかで間違って
薬王院へ着いてしまった。「高尾山」といったらやっぱり天狗様。





しっかりと拝む。
すると、バサバサバサ....大きく揺れる木々を咄嗟に仰ぎ見る。



「天狗様....?」
姿は見えなかったが見守ってくれているような感じがした。

薬王院へ着くと、父の事やモロモロな事もあって
念入りにお参りして御札なんかも買いさらに進む。
お気に入りの木の道が続く。
木漏れ日が這うようにうつり、歩く度に
バクンバクンという木特有の音が心地いい。



いよいよ山頂へ着く。
おのおの蕎麦や手持ちの弁当やオニギリ、
学生達は一升瓶片手に高らかに笑い声を上げていた。
ベビーカーをひいた若い夫婦なども見かけられる。
とても太陽が近く感じられてできるだけ、手をグンと伸ばして
山頂からの太陽を写してみる。



いつもと変わらないはずなのに「良くがんばったね。」
と微笑みかけてくれているような気がして私は太陽に向かって
同じく微笑み返していた。

くるりと踵を返して、茶屋へ向かう。
暑くて仕方なかった私はソフトクリームが食べたくなったのだ。
茶屋で抹茶ソフトを買うとベンチに跨り、舐め始めた。
猿のように真っ赤な顔をした青年が騒ぎ立てながら下山してゆく。
しばらくすると、40代くらいの女性が
「こちらいいですか?」
と優しそうな笑顔を向けながら、同じく抹茶ソフトを手に声をかけてきた。
「どうぞ。」
とこちらも笑顔で返す。しばらく各々黙々とアイスを食べていたが
お互いにフィーリングが合い、彼女から
「こちらへはよく来られるの?」
と尋ねられる。

私は今回が3度目で初めてケーブルを使わないで1号路を登って来た事を
笑いながら話すと
「まぁ、1号路なら一番キツイところですよ。」
と答えが返ってくる。
彼女の話によると、1号路は舗装されている代わりに山道がキツイらしく
3号路、6号路、特に6号路は山道が穏やかに続き小鳥の囀りが響き渡り
沢山の野鳥や草花を楽しむ事ができる為オススメであるらしかった。

さらに、彼女は地図を取り出し、陣馬山へ7時間かけて登った事を教えてくれた。
かなり登りに来ている様子で、「高尾山」だけでも
数十種類の登り方があると説明された。
毎回登る場所を変えてもいいな....と思いながら指まで溶けたアイスを
食べ笑顔でリフトで下山する旨を伝え、別れを告げた。

1億円かけた山小屋のようなトイレへ入ると強いヒノキの香りが
そこがトイレであるということを忘れさせてくれた。
そして、リフトに到着。

ふわっと飛び乗る感じで座ると眼下にまた八王子の町が山と山の間に見えた。
それは緑の氷山の中に流れる氷河のようにも見えた。
ベルトなどがないため、少しだけ恐怖を感じるが風が心地よく
帰りをリフトにして正解だと思った。

あっという間の空中散歩が終わり、楽しみにしていた蕎麦をいただく事にした。
目指すはずっと入ろうと思っていた「高橋屋」へ入った。
長蛇の列だが回転が速く、カウンター席へ案内された。

少々狭かったが、暗い店内より、粋な赤い和傘と山並みが見えるいい席だった。



私は半とろろそばとミニ鴨南丼を頼む。
そして前回の友人との登山で味をしめたゴールデンコンビの日本酒を頂く。



蕎麦が少し足りなかったが、美味しくいただた。
日本酒の「高尾山」がこんなに飲みやすくて美味しい酒とは知らなかった。
私は前回の登山をするまで日本酒の旨さがまったく分からなかったが
合わせ方によってこんなにもお酒を楽しむ事ができると知ってからは
積極的に日本酒も飲むようになった。

しかも、下山するや否や倒れた後の父が初めて送ってくれたメールが
目に飛び込み、心臓にキュンと絞られるような痛みが走った。
それは本当に懸命で愛情に満ち、たんたんと、日常を
必死で綴っているものだったが、今まで男性からもらったメールの中で
こんなに胸を打ったものがあっただろうか....?
といえるほどの切ないメールだった。

そんな訳で余計に酔いが回ってしまった私は千鳥足で川沿いを歩いていた。
ザーという川特有の音が聞こえたので、1Mほどある石壁を降り写真を撮って
美味しい空気を楽しんでいると





少年がなにやら始め出した。



「何やってるの?おねーちゃんも交ぜて?」

というと、手を離してどこかへ行ってしまった。
また、川の美しい写真を撮り始める。
そよぐ風と日差しを浴びたグリーン、サー、トポントポンという音に
しばし耳を傾けていると時間を忘れる事ができた。



しばらくして、少年が戻ってきたので見ているとあっという間に
さっきまで遊んでいたプラスチックの桶を川に放つと
何かごにょごにょ呟きながら、パァーッと逃げていった。



どんぶらこと流れる桶を見つめ



そして、何もなくなった川沿いと風のように立ち去った少年を後に
帰宅の電車に乗った。





帰りの電車の中は西日が射し心地いい温度でくったりと眠りに着いた。



 * * * *


そして、今日、母の手術がうまくいって失明寸前の目が回復されそうだという
電話をもらい安堵の胸をなで下ろしたのでした.....。

良かった=====!

では、また今度は「鎌倉の旅」の話を書きますね~☆









La leo litende leo
akieem zawadi

こんばんわ。
akieem zawadiです。
ご無沙汰しておりました。

5/4から5/7まで先日のGW中に先日Blogに書いた『Send The Seeds Project』の
皆様から頂いた花の種を陸前高田へ届ける為、久しぶりの実家への帰省も兼ねて
我が故郷岩手県へ小旅行へでかけて来ました。


* * *


今回の旅もご他聞に漏れず、バスの旅。
旅のルートは東京から一関へ向かい、一関から陸前高田へ向かうというもの。
色々と考えたせいか一睡もできないまま一関へ到着。
一関から陸前高田までのバスは1日に2本だけ。
その日は豪雨の為か電車が何本か見送りになっている状況。
12:35までだいぶ時間がある為、その間世界遺産登録となった平泉へ行くことにした。

駅のパン屋さんでサンドイッチとチョコクロワッサンを食べ8:15分の巡回バスへ乗る。
20分程で中尊寺前へ到着。

肌寒く冷たい雨が辺りにどんどんと水溜りを作り、
手に張り付いた水滴は体温を奪ってゆく。
ホッカイロは売店へは売っておらず着てきた革ジャンのチャックを
胸の辺りまで上げ、手もなるべく出さないようにして坂を上ってゆく。

8:00台だというのに既に参拝者が沢山いる。



弁慶堂で手を合わせる。
月見坂に色とりどりの傘の花が咲き、見上げると霞みがかった木々が優しく揺れている。
あまりの美しさに息が止まる。





仲の良い木々は手を繋いでいるみたいに見えほほえましくなり
思わず写真を撮る。



途中、7月に目の手術をする母の為に「目」のお守りを買う。



チケット売り場には長蛇の列が出来ており、購入したチケットでは
金色堂のほかに中尊寺に伝わる文化財・宝物を納めた讃衡蔵も
拝観できるようになっている。
讃衡蔵から拝観する。

外国人観光客を見込んでなのか、仏像や黄金の棺、実際に身に着けていた数珠、
遺体の頭部で凹みが出来ている枕、着用していた衣服のハギレなどが展示され
まるでエジプトのミイラを見ているような気分になる。

中でも入って右側にある千手観音はあまりの神々しさゆえに涙が出そうになった。
金の価値が分からない為に金泥で何十枚という絵巻物が展示されていて
その細密さに驚く。チベット密教の曼荼羅を思い出した。



そしていよいよ金色堂へ。



思っていたよりかなり輝いていた。
昭和の最初に修復されて以来、何もしていないというからキレイに保存されていると
いうことがわかる。こんなに素晴らしい文化建造物が自分の故郷に存在する事を
誇りに思い金色堂を後にする。

「五月雨や振り残してや光堂」

松尾芭蕉と丁度同じ時期に来れたのは何かの導きだったのかなぁと思いつつ
美しく、雨に濡れ瑞々しく輝く緑と年期の入ったお堂とのコントラストを
束の間の間楽しむ。









上の樹は350~400年前からあるもみの樹の巨木。
優しく私を見下ろす樹に「こんにちわ」と挨拶をしてひんやりとした幹に手を当てる。
見上げるとふんわりとどこからか優しい風がふき「こんにちわ」と返すように
鼻のてっぺんに水滴が落ちる。

樹の幹が作り出した階段を下りながら、昔実家近くの森で秘密基地を作り
大きな樹の根っこにもぐった時の記憶をぼんやりと思い出す。



曇っているはずなのに、霧が白く反射してか能楽殿の中は明るく
裾から能役者が今にも出きそうな錯覚を覚える。日本文化の美しさに感動する。
久しぶりに優しい雨と緑に囲まれた歴史建造物に触れた4時間は
眠れぬ夜を過ごした私を癒してくれた。

私は元来た道を引き返すことにした。
月見坂を降りようとすると右手に茶屋が見えたので中に入ると女性3人が
忙しそうにしている。中へ入り話を聞くと一関のパン屋さんで
GW中だけ間借りして店を出しているとのこと。

雨に濡れた看板を書き直してあげて、さらに話をすると気仙沼の仮設住宅へ
訪問する活動を行っているとのことで私のプロジェクトの話をすると
「私もその種が欲しい!!!!」
と女主人のお母さん。活動を陸前高田に限らず、広めていくことを考えていたので
思わぬ助っ人あらわるということで名刺交換をする。

人懐こい笑顔でさくらアンパンをサービスしてくれ
改めて東北人の温かさに触れ私は茶屋を後にした。

しかし、思ったよりも長居したためか一関へ帰るバスと電車は数時間あとしかなく
これでは陸前高田行きのバスには間に合わない。
ようやく捕まったタクシーで一関駅へ向かう。

間に合ったは良かったがバス停には既に長蛇の列。
乗れないのでは...?と冷や汗が出る。
一緒に並んでいるおしゃれな女の子2人連れとおしゃべりする。
東京からGWにとりあえず陸前高田を見てこようと即決したらしく
あれこれと立ち話をするうちにすっかり打ち解ける。

塩でところどころが寂れた岩手県北バスが到着する。
思ったより大きなバスで問題なく乗車できた。
真ん中くらいの場所に人の良さそうな女性が座っていたので
隣に座って道中いろいろ話す。

スマートフォンの電池が切れ、購入した充電器は機種対応しているはずなのに
エラーで充電ができない為に陸前高田のお母ちゃんに連絡が取れない
と話をするとお母ちゃんと年齢が同じくらいだからと、名前と特徴、住んでいる場所を
聞いて同級生達へメールを一斉してくれ、それでも埒が明かず、
今度は妹さんへ電話帳を調べるように支持するメールを出してくれた。
結果的に連絡は取れなかったがこんなにまでしてくれる地元の方の優しさに感激し
お礼をさせていただく。紙ベースの連絡先を持ってこない事がめちゃくちゃ悔やまれた。

と、同時に役に立たないスマートフォンに無性に腹が立った。
何の為の道具なんだと。
人は生き残る為に道具を作ったのではなかったのか?
人間は利便性や娯楽性ばかりを追い求めて肝心な生きる為の道具という部分を
忘れかけているのではないか?という怒りにも似た疑問が
何度も何度も浮かんでは消えた。

2時間かけて陸前高田の市役所へ到着すると職員が居る様子だったので
中へ入って事情を話し、電話帳を引くもご主人の名前を知らない為に
どうしたもんかと気をもんでいると丁度そこへ来ていた市役所のOBの方が
キャリアがauならすぐそこにauショップがあるから
今から連れて行ってあげるとのこと。

助け合いの精神が半端ではない。
被災者だとか、そうじゃないとか関係なく困っている人がいたら助ける。
それが骨の髄まで行き渡っている、これが岩手の人間なのだと改めて感激する。

ようやくauショップで充電しお母ちゃんへ電話すると
2件隣の「さとう製菓」にいるという回答。
ショップの店員さんへお礼を言ってすぐ店を出ると
あの明るい笑顔にようやく出会えた。

お母ちゃんは「あや、久しぶりだこど~!」と、とても元気な模様。
しかし先月末連絡したときにはお姉さんが危篤状態だからということで
花の種だけ渡したらすぐに盛岡へ向かいます、という内容を話していたので
そのつもりでいると「今日、泊まってきなさい。大丈夫だから。」という返事。
不思議に思って尋ねるとお姉さんは先月亡くなってしまってバタバタしたが
私が来た日が丁度初七日で既に落ち着いているとのこと。
悪いから....という話を切り出すも問題ないし、次の日にはお孫さんが来るから
子守してちょうだいと逆に要望があったのでお言葉に甘えて1泊させてもらう事にした。

その日、プレハブで作られた市役所では1本松の展示イベントを行っていたので
お母ちゃんとご主人と3人で展示品を見に行く。
その前に記念撮影。



ここで初めてご紹介、陸前高田のお母ちゃん事
佐藤君子さんとご主人の利一さん。
本当に仲の良い明るいご夫婦。



私とお母ちゃんも一緒にパチリ。





所狭しと1本松に纏わる品が沢山並べられている。



こちらは岩手出身のサッカーの日本代表選手にも選ばれた小笠原選手の
サイン入りユニホーム。









そして、絵や書なども展示されている。



やなせたかしさんのイラスト。
右側の記念銀硬貨の重さは31.1gすごく重みを感じる数字に思えた。



そして、1本松のクローンがこちら。



2007年に写されたこの写真の真ん中に見える黒々とした部分がすべて松の雑木林で
その中の1本しか残ってないと考えると本当にこれは奇跡としかいいようがないと
自然の強さを感じずには居られない。



外には子供達の絵や文字が書かれたのぼりがはためいていて
グレー色の空に彩りを加えていた。



私を乗せた利一さんの運転する車は昨年の10月以来7ヶ月ぶりに
ボランティアをした広田海岸へと入っていった。
以下が2012/05/04現在の陸前高田の様子である。









これらは海ではなく、水はけの悪い更地に
豪雨の為雨水が溜まった状態になっているのだ。
たった3日でこの有様だ。







確かに以前より減ってきている瓦礫の山。
しかし、受け入れ反対・賛成を繰り返すTVだけ観ているだけでは
この山がなくなるのがだいぶ先である事には気づくことはできないだろう。



緑の囲いのある中で瓦礫処理が行われているがよく観ると
雨水でショベルカーが水中に埋もれているのが分かる。
これではなかなか作業は進まないと思われる。













そして、この多くの建物は1年たった今も尚被災したままの状態をとどめている。
この半壊した建物をいったん壊し更地にして再建してゆくことを考えると本当に
気が遠くなり眩暈さえ起こしそうになった。

この建物を見る為に県外から見に来る人の車がいたるところに停車していたが
後で紹介する君子さんの息子さんは
「見て何か感じて帰ってくれたらいいんだけど...」と漏らしていた。
県内でも盛岡などの被害のない内部と被災した土地では温度差があり
現状を理解されにくいのだと話していた。

切ない思いで街を眺めているとふいに懐かしい場所が目の前に現れた。
私達が耕した場所だ。小さな黄色や赤の斑点が見え、それが大きなチューリップの
花々だということに気づくまでには然程時間はかからなかった。

私達は車を降り、立派な花畑になった土地をゆっくりと見回した。
そして遠くに小さな2人の子供とそのお父さんらしき人が見えた。
「あれがマゴタヂと婿と息子だ~。」
とお母ちゃん。キャッキャとはしゃぐ子供達があっという間に走って近づいてきた。







パンジーとチューリップが見ごろで空いている場所に球根を植えて欲しいと
お願いしてみた。

花畑の前で記念撮影。



左から、娘さんの旦那様、お母ちゃん、息子さん、ご主人、しゅうちゃん、はるちゃん。
しゅうちゃんのお母さんのミホさんは私とほぼ同年代。
残念ながら津波の犠牲になり行方不明で未だご遺体は見つかっていない。

それでも、しゅうちゃんは明るい笑顔でみんなを最高に
HAPPYにしてくれるかわいい存在。
はるちゃんは息子さんのお嬢ちゃんでしゅうちゃんのお姉さん的存在。
一緒に居ると本当に2人を家族みんなでかわいがっているのが分かる。



akieemも一緒にパチリ。





絆ボードに私もスマイルくんを描いてみたり。
お孫ちゃんたちとおしゃべりしたり。





ねぎやアスパラなんかも育てているらしく、セシウムの影響は大人だけであれば
食べても問題ないだろうと夕飯に畑で取った野菜が並ぶ事もあるとのこと。



しかし、畑を掘り起こせばすぐにこんな瓦礫の破片は簡単に掘り出せる。
次回は瓦礫の掘り起こしをまたやって欲しいと頼まれる。
今度は仲間を連れてきます!と返答する。

すぐ近くの高台の家へ到着すると買ったものを家に運ぶ。
庭から海を見下ろした風景がこちら。
この画像を覚えておいて欲しい。



玄関を見るとマジックで線がひいてある。
津波がココまで来た、という印を付けているのだとか。
お母ちゃんの背を遥かに超える所まで波が押し寄せていたのだ。





みんなで夕食の準備をする。
働き者のお婿さんは常に動いていてとってもいい人。
息子さんは麺好きでラーメンからパスタ、蕎麦打ちでもなんでもこなす
料理好きのパパなんだとか。

この日は東北ではお馴染みのたらぼの天ぷらとたっぷりと三つ葉の入ったかきあげ、
からあげやご主人がさばいたイカのお刺身がメインで竹の子ご飯におうどん、
そしてビールで乾杯しました。



そのあとGWにお祝いする予定の
はるちゃんの誕生日ケーキの飾りつけをお手伝い。





9歳おめでとうはるちゃん!
チョコペンで文字を書いたり、チョコピーで枝作ったりで
かわいいケーキの出来上がり!!
ちっこいlegoみたいなブロックの東京タワーと一緒にパチリ。



その後に花種を贈呈。
しばし、お子ちゃまたちがどの花がいいかとちょっとした取り合いになる。
今度はいくつか種を指定してまとめてあげたほうがいいかな、などと考える。





おかあちゃんも、お孫ちゃん達も大喜びしてくださる。
「みんなにお礼いっておいてくださいね。」
とのこと、もちろん!と返答する。

その後におもむろにご主人の利一さんが写真を出してきた。
出してきたのは津波の写真で逃げながら撮った生の写真だという。



先ほど覚えておいて欲しいといった庭からの眺めの写真。
ここに写っている家々はすべて流されてしまったとのこと。



ご主人はおばあちゃんを連れて逃げ助かり、お母ちゃんは美容院で助かり
しゅうちゃんは幼稚園で助かり、お婿さんは仕事場で助かった。

話では、佐藤家は一度過去の津波で家が流されて
今の高台へ住みかを写しているとのこと。
過去の教訓をちゃんと生かしたからこそ、根こそぎもっていかれた
陸前高田で助かることができたといっても過言ではない。
もっと多くの人に語り継いでいかなければと心に決める。

今度は仲間も一緒に開花時期に見に来たいな....と耽っているのも束の間
「おねーちゃんと一緒にお風呂に入る~!!!」
の大合唱とおんぶ攻撃が始まり、お孫ちゃんたちと一緒にお風呂に入る事に。

しゅうちゃんは女の子が好きでだっこやおんぶなどスキンシップが大好き。
おさるさんみたいにジャンプして抱きついてくるが軽いのでひょいと持ち上がる。

彼らにとってお風呂場は遊び場。
ラッパで作ったあわあわで小さな温泉「タピオカの湯」を開店させて浸かったり、
お風呂の端に立ちあがってジャンプしたりと滑りはしないか、湯冷めしないか
と目を見張りながら一緒に参加する。

お姉さんのはるちゃんは自分で体と頭を洗って
タピオカの湯に浸かったりして楽しんでいる。

一方、しゅうちゃんは甘えん坊で体を洗って欲しいとのこと。
かわいいなーと思いながら優しく洗う。
目に水が入るのが嫌なのか、髪を洗わないつもりでいたようだけど
優しく洗う事を約束したら「じゃ、洗おうっかな~!優しくね、優しく」と笑顔。
体に捕まって私を見上げた状態でゆっくり顔にかからないようにして
お湯を注ぐと小さな手がこわごわ耳を塞ぐ。
その仕草がかわいくてしょうがない。
上手に出来てニコニコのしゅうちゃん。ご褒美にほっぺにチューをして
お膝に乗せてあげたら、照れたのか静かになる。

男の子と女の子の違いを見て面白いな~と思いながらお風呂から上がり
二人の髪の毛も乾かしてあげた。
自分の子供ではないのだけど、改めて私は子供が大好きなんだなーと
気持ち良さそうな二人の横顔を見ながら目を細めた。

2階に用意されたお部屋へ男女別れて眠る。
はるちゃんと食べ物の話ばかりしていた。
どこへいても食いしん坊は変わらないのだなーと思いながら眠りに就く。


* * *




子供の日の朝、摘んだアスパラで朝食を頂く。
食後には前日に作ったケーキをみんなで食べる。
こうした、なんでもない幸せな時間が本当に大切なんだなと
ケーキを頬張る子供達を眺める。



歯を磨きながら、お婿さんに
「大丈夫ですか?もしできることがあればおっしゃって下さいね。」
と声をかけると
「ボクは大丈夫です。しゅうがいるから。」
子は宝、その気持ちがいっぱいいっぱいに含まれた一言だった。
息子さんも、お婿さんも子供を本当にかわいがっていて素敵なパパ達。

わかめ漁師の利一さんからわかめの茎をありがたくいただく。
帰ってお料理するのが楽しみになる。





凛々しいね、海の男お父さん。
おばあちゃんにお世話になりましたの握手をする。
柔らかくておばあちゃんの優しさが滲み出てる手だった。


* * *


子供の日のこの日、高田には日本丸が来航しており
わんぱくの森でイベントをやっているからそこへ遊びに行く。





大きな日本丸。
イベント会場には今もこんな場所が残ったまま。





このこいのぼりが棚引く展望台も破壊されて立ち入り禁止になっているが
子供達はそんなの気にしない。新しい遊びを思いつく。
その名も「こいのぼりのつかみ取り」。
暴れん坊のこいのぼりは容赦なく逃げたり、顔をひっぱたいたりしてきて
捕まえるのが大変。キャーキャー言いながら捕まえる笑顔は最高の宝物。









時間を忘れてずっと遊び続ける。
すっかり気分は子供。「風とこいのぼりと遊んだね!」の一言、
子供には目に見えない何かがやっぱり見えてるんだなーと感心する。

わんぱくの森ではブランコに乗ったり、200mのローラー滑り台に乗ったり、
金魚すくいをしたり、綿あめを食べたり、ジャンケンでぬいぐるみもらったりして遊ぶ。

ローラー滑り台は意外とハードで後でおしりがひりひりして、
腹筋を鍛えられるような大人の遊びとしても意外と
通用する怖さを持ち合わせた遊具だった。
侮ってはいけないと思いつつも、2回滑った。

あっという間のひと時。
帰りは急行バスを使う予定だったが息子さんの車で一緒に盛岡へ
送って頂く事になった。

帰りの車の中、はしゃいだはるちゃんはぐっすりと眠り
息子さんと盛岡まで色々と話しながら帰る。
地震直後の様子、まさか自分がこんな地震に巻き込まれるとは
思わなかったこと、ボランティアの熱意を尊敬していること。
他の地方で同じような災害が起こった時には出来る限りで恩返しをしたいこと。

など話を伺い、次郎ラーメンを自宅で作るくらいラーメン好きな息子さんから
東京のおいしいラーメンやさんを教えていただく。
やはり、食べ物の話は尽きない。

そうこうするうちに盛岡に到着。
懐かしい町並みに心がふっと解ける。
自宅近くのコンビニまで送っていただく。
お礼を言い、はるちゃんの顔を見ると悲しそうに私を見つめる。
「寂しいんだよな?」
とパパが言いながら頭をなでる。
子供って本当にかわいいなーと思いながらも手を振って送り出す。


* * *


懐かしい我が家で母と再会。
自宅ご飯で乾杯。
父も遅れて民生委員の話し合いから帰ってくる。
やっぱり家族はいい。
その日はゆっくりと眠りについた。

次の日、久しぶりの墓参りを済ませるとお寿司を食べて
雷雨の中一本櫻を観に行く。
ピンクの雷はまるで龍のように空にうねりながら現れては消える。
しかし1本桜の前に立つと嘘のように雨も弱まり雷も静まった。



その後、母の兄が脳梗塞入院している病院へ向かった。
小脳の梗塞はなかなか気づかない事が多いそうで
梗塞があってから10日後に発見されたとのことだったが
入院してリハビリ科の対応がまずかった為
寝たきりになってしまったのだという。

私は入院してから病状が悪化する事もあるのだという事を知った。
と同時に伯母の無念さ、医者である従兄の悔しさや覚悟など思うと
遣り切れない気分になった。
従兄は入れ違いに帰ったとのことだが、12時間ずっと語りかけていたという。

私が訪れた時に「おとうさんの恋人がきたわよ~」という伯母の声に
顔が綻び、口の端に笑が見て取れた。
手を握り、さすりながら
「おじちゃん、アキだよ、分かる?
早く元気になってお家の周り散歩して一緒にお酒飲もう。」
といったら閉じた目を開けしっかりと私を見つめたと思うと
何か言うように口を動かし息を吐く。
そして足をこちょがすと「わ~」と声を出す。
たぶん、やめろといっているのだろう。

父も「オレも来たよ~分かるっか~?」
と声をかけて腕をさすると、今度は父を見つめ真剣な顔でうなずく。
今日は刺激が多いから反応も大きいが昨日は反応が薄くて寂しかったという伯母。
壁には伯母が作った布の押し花がいくつか飾ってあって
「お父さんがこっち向いたときに見てくれるかなと思って。」
と言うと可愛らしく微笑んだ。
長く連れ添った夫婦の相手を愛しむ姿が本当に切なかった。

オムツを替えてぐっすりと休む伯父に挨拶をして雨の中伯母の家へ急ぐ。
移転した岩手医大の文字が大きく目に飛び込んでくる。
沢山の花々が咲き乱れ晴れた日にお庭で
今度お茶しようと伯母からのお誘いがある。
寂しさが募る中、笑顔で手を振って別れる。

母の妹である伯母から今夜はご馳走してくれるというので
盛岡へ戻り以前から行きたかった老舗の蕎麦屋へ入ってみた。
しかし、味はいいもののサービスが悪い....
非常に残念な思いでお口直しにCube2の「はたや」という
盛岡では有名な喫茶店の分店へ入ってみた。
店員さんのふっくらとした笑顔と丁寧な説明に心が和む。



ケーキセットを食べながらいろいろな話をする。
母はGW限定のスイーツセットにご満悦の模様。
伯父の話、私の絵の話、伯母の近況などなど....
最後に「アキが今回来れて良かった。何時、何があるか分からないから...」
という母の言葉に今まで抑えてきた思いが噴き出してきて思わず
ウッと声を詰まらせると、母も伯母も同じく声を詰まらせる。
閉店時間を過ぎてもニコニコとしている若い店員さんにお礼をして店を後にする。

普通ならば結婚せい!と言われてもおかしくないのに
絵を仕事にしたいというこの年齢の私を心から応援してくれる母、伯母、そして父。
心から私を信じてくれる家族に心から感謝の気持ちで一杯になった。
帰宅すると妹が旦那様と友人の那須の別荘から帰って来たから土産を渡したいと
やってきていた。私へのお土産はステンドグラス美術館の可愛い壁掛け。
私の部屋に合いそうな柔らかい色彩だった。
翌日、家族みんなでご飯を食べようということになり、
彼らは実家近くのアパートへ帰っていった。

寝る前に見たエンタメ番組では二股男が取りざたされギャーギャーと騒いでいた。
陸前高田のお母ちゃん夫妻や伯父と伯母、そして私の父と母という
目に見えない深い絆で結ばれた夫婦の姿を目にしている私には彼の姿は
チープで陳腐な茶番にしか見えなかった。
本当の「愛」の重みってそんなもんじゃないでしょーよ、と思いながらTVを消した。


* * *


翌日は今までになく晴天になり、auショップで充電してもらいつつ街を散歩した。
チチカカでかごバックを買い、駅地下で生ジュースを飲み、スパイスを購入する。
東京とやることは変わらない自分に気づいて、海外に行っても
きっとすることは変わらないんだろうなと思うと笑いがこみ上げてきた。



川と山が街中から映せる場所はそう多くはない。
自然が美しい盛岡はやはり愛すべき街だなーと材木町へと散歩の足を伸ばす。









久しぶりの「光源社」へ入る。
日本中の手仕事の作家ものの商品が所狭しと並ぶ盛岡では有名なお店で
南部鉄瓶や食器などもおいてあり全国からファンが後を絶たない。





壁には宮沢賢治の詩が書いてあり独特の雰囲気はにはまる人も多いとか。
お茶するスペースもいい雰囲気で味もいい。オススメの場所だ。
一旦家に帰り駅へ向かう。

震災について書いている作家さんが盛岡を訪れているとの事で聞きに行く。
やっぱりこの人は命に対する考え方、目線が自分と一緒だと思った。
アナログで繋がる事が今後の復興に一番大切だという意見、私も強く同感した。
そして本に登場してくる方との温かい繋がり。
彼は東京の人だが、どこか目の奥に優しさを秘めている。
東北人の底のない優しさや愛情を彼は感じたままきっと本に封じ込めたのだと思った。

講演が終わって駅地下でご飯をしていると偶然その作家さんも
同じ店に入って来たので家族を紹介した。
なんだか不思議な感じだったけど初めて会った時の様に握手をしてもらった。
やっぱり優しい手だった。手は嘘をつかない、これが私の持論。
だから握手をしてみると素直なその人に出会える。

この旅は本当に人の手に触れる機会が多かった。

子供達が手繋ぎを求めるの小さく可愛らしい手、
陸前高田のおばあちゃんのふんわりした柔らかい手、
伯父の力強いが少し弱った手、
ごつごつした毛深い父の手、
皺はあるけどソフトな母の手、
そしてものを生み出す優しい眼を持った作家さんの手。

その温もりすべてが私のこの旅の思い出になった。
物ではなくて、その瞬間の言葉や想いや温もりにしか「今」は存在しない。
約束をするときに指きりげんまんを使うのも、もしかしたら
その温もりを信じるということなのかもしれない。
「今」この瞬間の温もりを信じる事が「生きる」という事なのかもしれない、と思った。

約束も温もりも目に見えないけれど、これほど「絆」を感じられるものはない。
陸前高田のお母ちゃんと約束した花の種を渡すプロジェクトの旅はいつしか
「命」の温もりを確かめる旅となった。

血の繋がった家族だろうと、血が繋がってない家族だろうと
同じ人間である限りお互いの温もりを感じあって
お互いの存在を尊重し支えあって生きてゆきたい。

そんな誓いにも似た想いが私の中に生まれた。
間違いなく今回の旅は私を成長させ、
そして素直に自分の遣りたい事を
実現するきっかけの旅になった。


この旅に協力して下さった全ての方に感謝の気持ちを
捧げこの日記を終わりにしたいと思います。
長い長い日記を最後までお読みいただきありがとうございました。








La leo litende leo
akieem zawadi

被災地としてではなく

------------------*皆様へ*----------------------

本日が東日本大震災から6ヶ月目にあたる事から
9/4に一度記載した内容をこちらに移すべきだと考え
その代わりに9/4には那須の旅に関しての記事を
アップしております。

この日、みなさんが何を思うかは自由です。

私はいつ私自身が被災者になってもいいように
好きな人と好きな事を存分にすることを決めました。
どこで、何が起きても納得できる自分であるために。

以前読んで下さった方も、初めての方もどうぞ、
読んで何かを感じていただけたらとおもいます。

黙祷。

-------------------------------------------------

こんにちわ!
akieem zawadiです。

本日は盛岡への旅の特集をしたいと思いします。
本当は先月に書こうと思ったのですが少しだけ
湧き上がりすぎる気持ちが強かったので
沈殿するのを待っていました。

東日本大震災から6ヶ月経とうとしている今
私が被災地である岩手県出身者として何ができるかと考えた時
なんでもない、岩手の一風景はどんなものかを
他県の方々に知って欲しいという想いがありました。

毎日、毎日、震災の瓦礫の山の風景や悲しみに暮れる人々を報道され、
岩手県はどこもそうなのか、悲しみばかりに覆われているのか、
という偏見の目で見ては欲しくないと私自身思ったし
もっと深刻な被害に合われた方こそより強く
そう思っているのではないかと感じたからです。

岩手がどんなところなのか
行ってみたいと思って頂けたら幸いです。


*  *  *


まずは、

*7/30~8/2の家族での温泉旅行の旅*




高速バスで降り立った盛岡駅で南部鉄瓶でできた
風鈴のお出迎え。盛岡の風を朝6:00に感じる幸せ。



前から行きたかった「彩冬(さいとう)」へ1箔旅行。
モデルはakieem本人。



女性は浴衣が選べる。
そして、楽しみにしていたグルメプラン。



繊細で品のいい小鉢が並ぶ前菜。
どれもとってもおいしい。



蒸した蟹は蟹酢でいただく。
至福のひと時。



蕪のグラタンはチーズにコクがあって
まったく水っぽくない。



あわびの蒸し焼き。
身に弾力があってしかも柔らかい。
岩手の海が生み出した宝物。



メインの前沢牛のしゃぶしゃぶ。
柔らかくてさっぱりとしておいしい。



そんな中に箸休めの一品。
はもと茗荷の梅の吸い物。
腹に染み渡り思わず「おいしいね」
とみな声を揃えるひととき。



〆のしゃけのおにぎり茶漬け。
香ばしいあられと、出汁、優しい味の香もの。
米と水が作ったその繊細な味、品のある器。
日本人であることを誇りに思う瞬間。



そして足湯。
私は足湯だけでなく、3度温泉に浸かった。
到着してすぐと夕食後深夜に。
そして翌日の早朝と。



この温泉宿の近くに「不動の滝」という景勝地がある。
そこにある石の神様。
苔むしてとても落ち着いている。

岩手の岩は鬼が悪さして神様に
閉じ込められた岩の事を指している。
閉じ込められた鬼はもう絶対に悪さはしないと誓い
岩に手形を残した____それが岩手の名前の由来である。



滝が生み出すミストが肌に吸い付いて
目を閉じると木々や大地と一体化できる
ような気がしてとても癒された。



二股に分かれた樹はご縁の神様として祭られている。
私も「素敵な出会いがありますように。」と手を合わせる。
無宗教だが、こういう自然のものを崇拝する
神道の日本の心は忘れたくない。

この後、私たちは「道の駅」に立ち寄り
地物の料理と大量の新鮮な野菜を購入。

温泉のせいか、旅路に疲れたのかその日もぐっすりと眠れた。

そして最終日待望の「さんさ踊り」。
本当に何年ぶりかで見れた、震災後の風景。
しかし、震災に負けていないその姿に感動。



「ヤッコラ~チョイワヤッセ」の変わった呼び声
で始まる太鼓を担いで踊る伝統的な盆踊り。
「東北5大祭り」のひとつにあたる。



緑の着物をきているのは県の職員達。
彼らのの踊りは一番元気があって
「負げねぞ~」
って気持ちが迸り感動で涙が溢れた。
この震災できっと一番「何か」を見てきただろう。



同じ踊りを踊っているのに
男性は男性らしく荒々しく強く
女性は女性らしくのびやかに柔らかく
なるのがこの踊りの特徴だ。



いろんな格好をして踊っている人もいる。
この人は男性でピンクの鬘をかぶっている
赤十字の職員と思われる人。
写真では後ろ姿だが平井賢のような丹精な顔立ちだ。
目立ち、私たち観客を沸かせてくれる立役者。

ある程度見てそして家路についた。
帰りのバスの中では本当にぐっすり眠れた。


つぎは

*8/13~/15ご先祖様と自然・芸術に触れ、
            家族の絆と被災し天国に行った人の気持ちに触れた旅*


私は夏休みを利用して盆休みを取って再び盛岡を訪れた。
材木町という自転車で10分ぐらいのところでは
いつも土曜になると「よ市」と呼ばれる市場が開かれる。

そこにある「ベアレン」というBeer Pubへ向かった。
温泉旅行のときに次に私が帰省したときにここへ来よう
という話を妹としていたのだ。

ベアレン醸造所の工場直送の樽生ビールと
岩手の食材を生かしたお料理を楽しめ、
北上川を望む絶好のロケーションも人気のひとつだった。



写真は妹と妹のだんなさん、そして両親。
みんな元気で一緒においしい料理を食べられる幸せを分かち合う。
早い時間5時頃から飲みだす。
男性2人は大ジョッキーのさらに上、マスジョッキという
ピッチャーほどの大きなジョッキーでビールを楽しんでいた。



よ市では様々なものが売られている。
この方は毎回いらしている方のよう。
以前、ここでサングリアをいただいた。

他にも、「はたや」という珈琲で有名な喫茶店も
毎回出店している常連だ。



みんなで舌鼓を打ち帰宅。
夕闇であたりが暗くなり始めると
そこここでポツリ、ポツリと
迎え火が始まる。

あの世に行ったご先祖様が帰ってきたときに
分かるように目印として焚くのだ。



しかし、我が家ではあるときから
不思議な習慣ができた。
中にジャガイモをくべて焼きじゃがにするのだ。

家族というのは不思議なもので
他人と他人がくっついて家族をつくると
その家庭に新たな文化が出来上がる。

そこが家族の醍醐味なのかもしれない。



翌日、早朝にすべてのお墓参りを済ませ、親戚達と再会する。
久しぶりに対面する私にみな人懐こい笑顔を向けてくれた。
北海道旅行や近況の話をする。

みんな元気でいてくれる事がどんなに嬉しいことか...と改めて思う。

午後は帰省前に偶然見つけた情報を頼りに岩手県立美術館へ
「アンリ・カルティエ・ブレッソン」
のドキュメンタリ映画を観にいった。



上映時間の30分も前に着いた私は他の企画展を観にいった。
震災後あらゆる絵本作家やアーティストからエールを送る絵の展示あり
写真の「ユメノマチ」あり。ゆっくりと見て回る。

この「ユメノマチ」は木や紙を切って小さな積み木を作り
色づけして被災地やこのワークショップに参加希望子供達が協力して
華やかでかわいい「ユメノマチ」を製作しており、その過程をTVで流していた。

本当に可愛く、郵便局や駅なんかもあってリアルで早く
こんな街が現実にならないかな....と小さな街をガリバー気分で歩く。



美術館には他にも舟越保武・桂親子や萬鉄五郎など
盛岡にゆかりの深い作家達の常設展もあり見ごたえある内容となっている。

コンクリート打ちっぱなしのモダンな建物を出ると
グリーンの芝生があたりに広がりそこで読書する若者の姿も見られる。

私は小高い丘を見つけその階段を昇っていった。
写真では伝わってこないが、階段の脇には小さな花が咲き乱れ
親指の爪ほどの小さな黄色い蝶が飛び交って
まるで天国への階段をのぼっているような錯覚を覚えた。



そして頂上にたどり着くとそこには何もなく
あたり一面が見渡せそしてとても孤独に思えた。
「天国に行くときはこんなだろうか...
 震災で亡くなった方はどんな気持ちだったのだろう」

と思い芝生に寝転び空を見上げると本当に天が近く感じられた。
そしてなぜか涙が溢れた。



家へ帰ると飼っていた鳩が喜んで
鳴き声をあげている。
嬉しいと羽ばたき、ケケケケケと笑うように鳴き
指をつついたり、くちばしで軽く挟んだりしてくる。



妹のだんな様は大工で帰省すると
このサンルームができあがっていた。
ナチュラルで力強い、木の温もりの感じられる素敵な
サンルームだ。

ガーデニングが趣味の母の願いで作られたのだ。
ここで飲むお茶は最高で母と2人でおしゃべりしながら
ここにいると時間を忘れてしまうほどだ。



ゆったりと過ごしながらもあっという間に
時は過ぎ私はバスでまた東京へ帰った。
途中で見た朝日が本当に美しくて感動。

ふたこぶらくだのような山際に
真っ赤な太陽がまるで花札のように
目の前に現れてあっという間に日常に戻ってしまった。
今までで一番美しい朝日に出会えて幸せな気分に浸って
この旅の最後となった。


*  *  *


この旅の模様はTwitterでも連続でリアルタイムに配信しました。

私が最後に言いたい事、それは

「また盛岡へ遊びに来てください。」
「また、岩手を探求しに訪れてください。」

ということです。

震災があってから、実に様々な方が岩手にいらしたと思います。
ボランティア、海外協力隊、医師団体、自衛隊、各国の軍隊、
建設業界、取材陣、やじうま、帰省客、旅行客...

震災が落ち着きそのうちの何名がまた岩手に戻ってくるのだろう。
と私は考えます。

役職が着いている方は間違いなく、震災が落ち着けば再来することはない
のではないか、と思います。

しかし、何らかのご縁があって岩手の地を訪れたなら
どうぞまたそのご縁を広げ再びといわず、3度、4度と足を運んで
私たちに会いにきてください、と私たちは思います。
そして「第二の故郷」となってくれれば....と考えます。

まだまだ、震災や津波の爪あとは生生しく親の友人でも依然として行方不明と
いう話は掘り起こせばいくらでも出てきます。
しかし、忘れるのではなく思い出を改めて作るために
私たちは「おでんせ」と言いたいのです。

実は、震災を機に岩手に旅行を決めたという人は少なくありません。
(もちろんその逆も多いと聞いていますが)

旅行をして自分達もいい思いをするし、お金を義捐金という形ではなく
商業ベースで地元に落とす事ができる。
それが震災を受けた私たちの街にできることひとつではないかと私は考えます。

自然と風土に満ち溢れた
気心の優しい人々の住む街、岩手。

大好きな地になってほしいから
岩手を訪れた人にとっても大切な地になってほしいから
被災地としてではなく、
私のできる範囲でその美しい風景や街の何気ない風景を
この日記でこれからも紹介してゆきたいと思います。








la leo litende leo
akieem zawadi
こんにちわ!
akieem zawadiです。

本日は絵描きの友人NOZOMIと行った那須の旅について書いて行こうと思います。


その友人とは百貨店で仕事をしていた時代に上司と部下という形で
知り合ったのだが、彼女の出身地が秋田で私が岩手という事と
彼女が美術の専門学校出で、私が絵を描いているということもあって
その後何度となく絵のお誘いなどが来てた。

そんな訳で、彼女から8/20に那須へ行かないか?
とお誘いがあり、二つ返事で行くことになったのだ。

詳しくも聞かず、友人の個展があり、かつ、予定もあいていたので
OKということで当日を向かえた。

私たちは電車を乗り継ぎ「黒磯」の駅へ降り立った。
遅い出発ででバスのスケジュールに限りがあったため
先に予定していた個展ではなく私が予め調べておいた
「ステンドグラス美術館」へ行くこととなった。

黒磯の駅から20分バスに乗り、そこから15分程徒歩で歩く。
その20分の道のりになんと沢山のレストランや美術館が多い事といったら!

「やっぱり車じゃないと見切れないね~」

とNOZOMIと車内で話す。
徒歩の間その道ですれ違った車はなんと2台。
辺りは奥まで静かな森が続きその中に別荘と思われる建物が100mおきくらに建っていた。

「こんなところに別荘建てられたらいいよね~♪」

なんて話ながらゆっくりと歩いていると行く先に車を誘導しているおじさんが見えた。

「あれじゃない?」

と入ってみるとそこには大きな石を重ねた
コッツウェルズ地方独特の建築様式を備えた大きな建物が木々の間に見え隠れしていた。
中のチャーチで式を挙げられるので下見に来る微笑ましいカップルも
ちらほら見られる中、私たちは奥へと進んで行く。



NOZOMIがトイレへ行きたいというので、トイレのある建物へ行くと
間近にその建物が見られますますその建物が好きになった。



庭へ移るとまさに結婚式の最中で皆で写真と撮っているところ。
私も影ながらその光景をパチリと収める。



チケットを買うと何やら奥からいい歌声が聞こえてくる。
即座にスタッフが

「今ゴスペルを歌っているんですよ!まだ、間に合うかな?急いでいってみてください!」

とのこと。足早に行くと体の大きな黒い洋服に身を包んだ女性が
アメージンググレースを謳っているではありませんか!
大のゴスペル好きの私はその教会の幻想的な雰囲気とパワフル&ソウルフルな
歌声に魂が共鳴するがごとく涙が溢れてきた。



棚にはステンドグラスでできたアールヌーボー調のランプがそこかしこに
おいてあり、それが間接照明となり、ステンドグラスの窓から差し込む
日の光と相まって何ともいえない荘厳な雰囲気となり私たちを包んでいた。



部屋を進むとマリア様やキリスト様、ザビエル、天使などのステンドグラスの間
へ移りそこにある大テーブルにハート型をした貝殻のプレートがびっしり入った
アルバムのようなものが見開きで置いてあった。

それは日本でいうところの絵馬のようなもので皆願いごと(大半が恋愛ごと)を
書いて木につるしていたもののようだった。



その間で二人でぼんやりとソファに腰掛け、なぜ神様には後光が差しているのか、
西洋も東洋もその辺は変わらないのだね、これはオーラというものなのか、
という答えの出ないとりとめもない話をした。

静寂な室内は広さや建築構造の為か私たちの声が小声なのにも関わらず
静かに響き渡っていた。



この美術館にはステンドグラスのみならず、石像などもあり
すべてがその時代に造られた歴史あるものでリアルで落ち着きのある芸術品であった。



どうして、こういった宗教画や宗教の銅像は神々しくそして
すべてを分かっているような英知を湛えているのかいつも不思議であり
また、憧れのようなものすら感じてしまう。



外へ出て各自記念撮影。



彼女を天使に見立て写真と撮った。
併設しているcafeでsweetsを食べる。
私がパンナコッタで彼女がザッハトルテ。



気絶するくらいのおいしさ。
手早く食べてきた道を足早に急ぐ。
しかし、バスを乗り過ごした私たちはいくつかバス停を歩き
やっとバスに乗りまた、黒磯駅へと帰った。
そばやうどんで冷えた体を温め外へ出ると辺りはすでに薄暗くなり
シャッターの閉まった通りを歩いてゆく。

おしゃれな家具が積み上げられた店に到着。
今回のたびの目的である、
安西大樹さんのテラコッタの小さな彫刻展を見に来たのだ。
ROOMというSHOZOグループの雑貨店の店内にあるその像は
ひとつひとつの顔が優しく癒されるものばかりだった。

ひとしきり見て、店内も散策。
屋根裏のような場所にかわいい子供用のアンティーク家具があって
おしゃれでセンスがよく面白い。

NOZOMIは本を買いつつ、ニアミスで作家に会えなかったことをスタッフに話した。
すると、そのスタッフが同じ通りに別な硝子作家が展示をしているので見るといいと
案内してくれた。

思いつくまま、そこへ行ってみると偶然にも
同じく秋田出身のNOZOMIの知り合いの熊谷峻さんという作家だった。
私の好きなテイストだったので思わず花瓶をひとつ購入。



その後、向かいにあるshozocafeへ入る。
かわいく、おしゃれでこれまたおいしそうな焼き菓子が並んでいる。
久しぶりに私はお気に入りのカップを見つけ購入した。
NOZOMIはその硝子作家さんへクッキーの差し入れ。



私たちは大急ぎで駅へ向かう。
すると大きな花火音が聞こえる。

まるで私たちが帰るのを惜しむように何発もあがった。
私たちは帰りの電車の車窓からその花火を覗くように見守った。
私たちは疲れて眠るかと思いきや、来る前よりも増してさらに
興奮して話が盛り上がった。

盛り上がるがゆえに電車を降り忘れ、上野でまた引き返す。
次は別なところも見ようと約束して池袋で別れた。

栃木の楽しい旅は新たなる制作意欲に火をつけ
絵画のみならず立体や硝子、宗教建築などにも
興味が出てきてあらゆる芸術作品に触れようと決心して
私は眠りについた。

その日、私の中で何かが弾け変化していくのが分かった。











la leo litende leo
akieem zawadi
本日はいわきに行った際に私が見て衝撃を受け

ただひたすらにシャッターをきった

写真の数々を紹介したいと思う。

見たくない方はもしかしたら見ない方がいいかもしれない。

しかし、私の目で見た、そして、感じた何かが皆様の心に届けば幸いだ。




「多くのひび割れ」

いわき駅を降り立ってすぐの場所。
街路樹の脇にこのうような破損したタイルが
小さく積み上げられているのが散見された。



「ブルーシートのかけられたままの店内」

めちゃくちゃに壊れた店内。
手付かずのままになっているようだ。



「ホテルの外壁・地盤沈下その1」

波打つように地盤沈下している
割かし大きい有名ビジネスホテルの外観。
玄関のあたりには木の板が渡されており部屋はほぼ満室。
原発の放射能から非難している内陸の方がの多く泊まっているとのこと。



「ホテルの外壁・地盤沈下その2」

私の泊まったホテルの外壁。
ホテルが浮き上がっているのではなく
ホテルの周りの道路がすべてきれいに地盤沈下をしていた。
耐震のために打った杭がホテルを固定しているためホテルの建っている
場所は以前のままとなっており、すぐ倒れたりしない構造になっている。



「修理のできない瓦屋根」

ニュースなどでも報じられているように、瓦が足りない状態で2ヶ月たっても
修理されないまま応急処置のままになっている家が多くある。



「陥没した道路」

海へ向かうとこのように陥没した箇所が多く見られ、車内がゆれる度に
運転手のおじさんが「すみませんね~」と言っていた。



「塩で枯れた木々達」

緑の中にこげ茶色の木々が混じっている。
この防砂林の高さまで波が押し寄せていたことを表している。
この防砂林のすぐ後ろには養護老人ホームあったが
防砂林のおかげで助かったという。



「海岸線に続くゴミの山」

見覚えのある海岸線に出た後すぐに目に飛び込んできたゴミの山。
浸水した家から出た廃棄処分にしなければならない家電や
津波によって運ばれた瓦礫、お仏壇の一部、
積み重ねられた畳などが広範囲に渡って続いていた。



「がらんどうになった家」

波が突き抜けた後、何もなくなった1階部分の家。
電信柱はこの波では倒れなかったようだ。



「恐怖を感じた被害の深刻だった場所への入り口」

両側が山で田んぼなのにもかかわらず
この瓦礫が目に飛び込んできたと時に
背中が凍りつくような怖さを感じた。



「洞穴のような家々1」

半壊した集合住宅のこのほの暗い内部は
この地域の住民が感じた恐怖を集積したような場所で
シャッターを押してすぐ目を背けずにはいられないほどの底なしの恐怖を感じた。



「洞穴のような家々2」

手前にあるリュックはボランティアの方のものと思われる。
「埼玉より愛をこめて」というゼッケンをつけた方が瓦礫を拾っていたのが印象的だった。



「基礎だけになった家」

家のすべてが根こそぎ波に浚われ基礎部分になっている家。
遠くに止まっている車のあたりが防波堤だったがすでに
破壊されほとんどが何もない状態。
呆然と海を見ている人が多かった。



「鉄筋のかまぼこ工場」

かまぼこ工場も1階部分は鉄筋なのにもかかわらず
突き破られている状態。



「大破した車と転がるプロパンガス」

重いと思われているものがいとも簡単に
波に浚われている状況。


「ピアノと防波堤」

ピアノの横にあるのは防波堤のかけらだ。
こんなコンクリートの塊が波に運ばれぶつかってきたらひとたまりもない。



「紙切れのようなトタン」

手前にあるトタン屋根は多くの瓦礫を包む紙切れのようだ。
このあたりの家すべてにオレンジ色の倒潰OKの張り紙が貼ってあった。



「波の爪あと」

奥の家は波が届かなかったので無事だった。
運命の分かれ道だ。



「運ばれた車となぎ倒された電信柱」

被害の深刻だった場所の電信柱は瓦礫によって
押し倒されてしまい、その瓦礫の上に車が運ばれそのままになっている。



「プールに山積みになった瓦礫の山」

この瓦礫の山は遠くからでも分かるくらい巨大で思わず絶句。
写真をよく見てもらいたい。25mプールを超え奥へと続いている。
山積みになったこの瓦礫は奥にある野球のフェンスと同じ高さまで達している。



「津波によって薙倒されたれた端の欄干」

海から川へ瓦礫が押し流され橋の欄干は薙倒された状態。
見切れているが、この右側には中学生のジャージを着た中学生が
ボランティアとして瓦礫の撤去に当たっていた。



「泣いている"鳴き砂"の海岸」

以前は国内でも有名な"鳴き砂"があった海岸はほぼ
波で砂が持ち去られ小さな海岸となってしまった。
凪が悲しく泣いている砂浜の声に聞こえた。



「持ち運ばれた砂を入れた土嚢の山」

瓦礫を片付けたり、排水溝に溜まった際に出る多くの砂を
詰めた土嚢があちこちに見られた。



「宮城の修理船」

海から引き上げられた修理船は奇しくも
宮城港から修理に出された漁船だった。



「転覆した船」

宮城の修理船はかなり大きなものだったが
こうして転覆してそのままの状態になっている船も。
他にもこういった船がいくつも港に浮いていた。



「積み重なる船を見つめる老人」

手前で弁当を食べているヘルメットの作業員とこの船を比べると
船がいかに大きいものであるかわかるだろう。
実は奥にもうひとつ同じ船が積み重なって港に打ち上げられている状態だ。
この老人はしばらくこうして船を見続けていた。



塩屋崎灯台にはパトロール中のパトカーが止まっていた。

そして、小さな鳥居は片足で必死に立っていた。

「神様は果たしているのだろうか?」

と思わずにはいられない光景だった。

運命と自然と。

残された私達は何をしなければならないのか。

私の行動が何かのきっかけになることを祈りつつ

旅日記の最後を締め括ろうと思う。








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akieem zawadi

「これ完全にバベルだよな...」
行き帰りのバスの中でスカイツリーを見ながら私は心の中でそう、呟いていた。


3.11の震災も落ち着いたと思われるGW中に
私は友人たちの住むいわきにそろそろ行こうと考えていた。
自分の仕事の頃合いや友人達にも予定があると思い、誰にも言わずに高速バスへ飛び乗った。

時刻は13:00。

向かう車中で、いわきの友人達にそちらに向かっていると一斉送信をかけた。
GWでかけている友人達の中、「働きマン」のような友人が唯一捕まった。

着いて間もなくは街を散策する。晴れていて暑い。
街の中でも地震の傷跡が残っていて私はそれを写真に納めた。
ホテルを探しチェックインし友人の迎えを待つ。

久しぶりの再開。
お互いに安堵の表情。

久しぶりに会う彼女は髪を切ったばかりのせいか、少し大人びて見えた。
どこにご飯に行こうか...という話になる。

お気に入りの店は軒並み閉店をしているか、避難所になっているかのどちらからしく
行く店が閉まっていて街をぐるぐると回ってようやく大学の頃に通っていた
「じゃがいも家族」へ行こうということになった。

牛丼屋や回転寿しなど、直ぐに食べ終るような店、もしくは、持ち帰りの弁当屋さん
が人気があるらしかった。確かに「すき家」は満車、回転寿しは行列ができている。

「みんな、ゆっくりと食べれられる心境じゃないんだよ。」

淋しそうな顔で彼女はそう言った。

懐かしい道を山の大学の方へと登っていく。
変わってしまった場所、全く変わらない場所。
大学時代の情景がその場所に重なり浮かんでは消える。

お目当ての「じゃがいも家族」へ着いた。
丸太小屋を思わせる風貌に家庭的な温かさ、そしてしっとりとした喫茶店の要素もプラスされた
ほっこりと落ち着く店内は若者や家族連れで満席となっていた。
店員に車のナンバーを告げ、車内で待つ事に。

彼女の恋愛話になる。

いつもチャキチャキとした彼女の横顔が時より恋に悩める乙女の顔になる。
いつも誰よりも人を優先させる彼女が恋をしている事が何より嬉しかった。
「人を最優先にしすぎなんだよ。」の私の言葉に
「そーなの!」と興奮する彼女。

そうこうするうちに30分は待っただろうか。
店内へ向かいようやくお目当ての食事にあり着く。
ポテトがメインで野菜も盛りだくさん、ガーリックの効いたチキンの唐揚げでおなかはパンパンに。

仕事上の立場や様々なしがらみ。
彼女の仕事のセンスはピカ一なのを知っているから私から出る言葉は
「もったいない東京へおいでよ。」の言葉ばかり。

彼女は言う。

「誰も私のことを知らないところにいって...京都のパフェ屋で時給¥850で働くよ。」

もしそうなったとしても、メキメキ頭角を表すに違いない事も、
それが彼女にとって幻想だということも私には分かっていた。

続けて言う。

「少し、この前泣き言こぼしたら”めずらしーね”って言うんだよ〜?
 そんなに元気に見えてんのかなー?私だって折れるときあるんだよ〜」

いわきの女は明るくて強い。

でも、今ここに居る彼女は逃げたくても逃げられない宿命のようなものを背負っていて
だからこそ自分勝手な判断では動く事ができないのだ。

以前、別な友人からのメールでも「心が折れそうだ..」と書かれていた。
またいつもコメントを載せているyoriも電話口でGWでかけたくない、
そんな気分じゃないって語っていた。

いつも元気で気丈な彼女達をここまで追いつめたあの震災。
私の目的は彼女達の目の当たりにした真実を自分の目で確かめに行く事でもあった。
次の日、いわきの海、津波の爪痕を見に行く事を友人に告げた。

「見なきゃよかったって思うよ。東京の友人もそう言ってたし....
 目に焼き付けない方がいいよ.....でも、あきちゃんの性格なら見ておいた方がいいかもね。
 へんな肺炎も流行っているからマスク絶対つけてね!」

他にも、野次馬に職務質問する警官などにも注意するように言われる。
本当に名残惜しくて、時間が足りなかった。
私は車を降りて、大きく手を振って車が小さくなるまで手を降り続けた。

私はホテルの部屋へ帰ると、大浴場へ向かい一人貸し切り気分で大浴場を満喫する。
泳いでみたり、口まで湯船に浸かりブクブクと泡を吐いてみる。
意味もない事をしながら明日はバスで向かおうかタクシーで向かおうか悩んでいた。
そうこうするうちに、一人入ってきたので入れ違いに上がり部屋へ戻る。

明日の事を考えると、なんとなく不安がよぎるが「hot spot」のオーストラリアの
赤カンガルーを見ているうちに瞼が重くなりそしていつの間にか眠りに就いていた。


   * * * *


翌朝、朝食を外で取る事に決めていた。
大学時代によく行っていた「BREAK」という喫茶店だ。

外に出ると驚くほど肌寒く、小雨もぱらついている。
ボランティアをする考えもあったが、自分の体力を考え選択枝から消した。

足早に昨日友人から教えてもらった道を行くとシャッターが閉まっている店の中
唯一8:00台に店を開けていた。店内に入ると珈琲のいい香りと爽やかなボサノバが流れてきた。

オーダーは決まっていて名物のホットサンドをオーダーする。
厚切りパンの間にはクリーミーな卵焼き、トマト、お行儀よく並べられたキュウリと
ボリュームのある一品なのだ。

運ばれてきたホットサンドにかぶりつき、ミルクティーで流し込む。

「あぁ...懐かしい味。」

10年前と全く変わらない味がして、とてつもなく懐かしい思いがこみ上げてくる。
変わらないものは変わらないのだ、と改めて思いつつ、変わらない努力がそこにある事にも
強く敬意を評したい気分になった。

私が食べ終わる頃、ぞくぞくとお客が入ってきた。人気の店なのが伺える。
数人のおじさまは珈琲だけを純粋に頼んでいるようだ。

私は店を出る際に、大学を卒業して10年ぶりにこの店を訪れた事を伝えると
胸が一杯になりなぜか泣きそうになってしまった。
「また、おいで下さいね。」の一言に
「また、来ます。」と伝えると店を後にした。

ホテルに戻るとチェックアウトまでの時間がなんだか長く感じウトウトとし始める。

10:03。

チェックアウトしバス乗り場まで行き路線図と睨めっこ。
そうこうするうちにバスが行ってしまった。
バスが立ち去った後奥に目をやるとタクシー乗り場におじさん達がたむろしているのが見えた。
迷わずそこへ行き、一番先頭のタクシーへと乗り込む。

「塩屋崎灯台まで。」

昨日、友人から特に被害のひどい場所をいくつか聞いたがそこしか思い出せなかった。

「塩屋崎灯台で...そこにホテルとかお泊まりなんですか?」

特に被害が酷い地域に女性が単独で行く事に違和感のある口ぶりだった。

私は友人に会いにきたついでに自分の思い出の地がどうなってしまったのか
自分の目で確かめに来た事を洗いざらい話をして、そして、よければ塩屋崎以外の被害の
大きい地域も回って欲しいと頼んだ。

運転手のおじさんは快諾した後こう続けた。

「あんまり...目に焼き付けない方がいいと思いますよ....」

昨日友人からも、そうアドバイスされていた。
少しきれいになっているから大丈夫だろうけどひどい有様だとのこと。

海に向かう車中、地震津波は海底を這ってくるのでヘドロを巻き上げて押し寄せてくる事、
1000年に一度の大地震が核家族によって後世まで受け継がれなかった事、
スパリゾートハワイアンズの真下にある活断層が動いた事、
などを時に両手を離し後ろを向きながら声高に話す
運転手のおじさんにドキドキしながら海へ向かう。

海へ近くなり見覚えのある防砂林が見えてきた。
紅葉の季節でもないのに、葉が茶色く変色している樹々が中に混じっているのが見えた。

「あれは、塩にやられちゃったんですよ。」

そのすぐ後ろにオレンジ色の老人施設が見える。

「あそこは無事だったんですけどね、あの防砂林がなかったら駄目だったでしょうね。」

見覚えのある海岸へ行くとゴミの山も一緒に目に飛び込んできた。
冷蔵庫やその他、使い物にならなくなった電化製品の数々。
車を降りて説明してもらう。

「あそこの海岸はなくなってしまって、こっちに砂が流れてきたんです。」

防波堤とゴミの山の逆側の家は波にぶち抜かれていて、中ががらんどうになっているのが見えた。
しかし、それは序の口な方だった。

海岸線からいったん山へと入ったかと思うと突如、田んぼにいくつもの瓦礫の山が見えてきた。
私が一番怖い、と感じた瞬間だった。そこは、一番被害の大きい地区への入り口であった。

「この田んぼは塩を含んで使い物になりません。」

山と田んぼを抜けると家があったであろう土台部分しかないような広い場所に抜けた。
山が岩肌になり、そこが入り江になっているような地形で横に流れてきた波が
岩肌を伝って一気に上に流れて行った事を説明される。

「ここはみんな家だったんです。」
「信用金庫もみんな流されてなくなってしまいました。」

少なすぎるボランティアと片付けにきている避難住民がのがポツリポツリといるのが見える。
1/4くらいに圧縮された車や壊れて流されたピアノ、くまのプーさんのぬいぐるみなんかが
木造の瓦礫の下からはみ出ているのが見える。

「ひどい.....酷すぎる...」

もはや言葉が出てこない。
厚さ1m以上あろうコンクリートの防波堤がいとも簡単に粉々になっている。
波の形に家々が壊れているとことさへあってその爪後が手に取るように分かった。

半壊、全壊している家々を見ているうちにオレンジ色の張り紙が貼ってあるのに気付いた。
家主であろう人の名前と連絡先があるのだ。
聞いてみると家を行政が倒潰するには家主の許可が必要だとのこと。
建てたばかりと思われる家にもその紙が貼ってあるのを見て悲しい気分になった。

小学校、中学校、高校もその中にあって避難勧告に従ったかどうかで明暗が別れた事なども
話してもらった。中学生や高校生の地元ボランテティアの姿もちらほら見られた。

造船所、大きな船が積み重なり、ひっくり返り、とんでもない所に置き去りになっている
姿を見てため息しか出てこない。
そして、あまりの瓦礫の量にふと疑問がわいてきた。

「この瓦礫ってもしかして震災から手つかずなのですか?」

そう、尋ねるとすぐこんな回答が帰ってきた。

「そうなんだよ。行政が小名浜はたいしたことないって言っちゃったもんだから
 まったくその時のまんまなんだよ。遺体も瓦礫の下にいるかもしれないから下手に素人が
 手をつけられないんだよ。」

私はその言葉を聞いて絶句してしまった。
と同時にどうりで、自衛隊がまったくいないのも納得がいった。
そして、あの瓦礫の量を考えると気が遠くなるようなめまいすら感じずにはいられなかった。

海岸線をひた走りながら水平線を眺める運転手のおじさんがこう言った。

「今年は...海水浴も駄目でしょうね。」

いわきは知っての通り、原発の影響で震災の被害に加え風評被害にもあっている。
いわき市は東京23区が2個入るほど広い地域で20km県内に含まれる地域は極僅か。
私が回った磯先や豊間なんかも原発からは40〜50km離れた所にあたる。
そして人々は今もなおそこに住み続けている。

であるにも関わらず、避難してきたいわき市民に「ウツル」という心ない言葉を
浴びせかけるような被害に合っているのだ。

仮に被爆していたとしても、それが他人に何か感染する事などないのは周知の事実である。
しかしながら友人も運転手のおじさんも

「会社にはここへ来た事は言わない方がいいでしょうね。」

と口を揃えて言っていた。
もし、そのような差別的な事があるのだとしたら本当に同じ人間としてこれほど悲しい事はないし
明日は我が身ではないのですか?と差別する側の人間に問いただしたい気分にすらなる。
今もなお戦っている東電の社員やこの街に住む人々の事を考えると深い悲しみの淵を
彷徨うしかないのだろうか...という気分にならざるを得ない。

がしかし、今回被害の状況を見て涙は一滴も流れてこなかった。
むしろ、泣いたり、悲観的になっている場合ではなくて、全ての問題を
慎重かつ丁寧に、それでいて、迅速に事を進めなくてはいけないのだと強く感じた。

特に、急務は「仕事をどうするか」という事で、友人も運転手さんも同じような事を言っていた。
今はここに残って仕事をするが、避難した先でもし仕事を探すとなったらいったいどうすれば
いいのだろう...ということだった。

100万人単位の人員が避難しなければいけない状況になったとき、果たして受け入れ先
の市町村地区はどれくらいあって、どれくらいの雇用が可能なのか。
また、雇用がその人にマッチングするかどうかの問題もある。

漁師から漁を奪った海は今は気持ちよく凪いでいる。
海の色や波の立ち方で漁に出るのを決めるという漁師達。

私にできる事を深く深く考えさせられた今回は貴重な旅であった。
震災復興に対してのライブペインティングの活動。
今はまだ封印しておこうと決めた。

私が今回したかったのは、震災を受けた方々のテンションと同化する事。
私の熱意が強すぎてはいけないし、相手の速度に合わせたい。
もし、するのならごくごく個人的に広げて行こうと思う。
ただし、活動の場があるのであれば、必要とされるならば、
勇んでそこへ向かうつもりである。

ちっぽけな存在の私を最大限に生かしたいと思うから。
最後に、運転手のおじさんの言葉でこの日記を締めくくりたいと思う。


「人間がいくらすごいだろうって支配したつもりでいても、
 ひとつも支配できるものなどないんだよ。」


だから、私たちにバベルなどあってはいけないのだ。









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akieem zawadi

Birthday 帰省

おはようございます!
akieem zawadiです。

久しぶりの日記です。

仕事の再開や環境の変化が今頃疲れとなってちょいBadコンディションですが
なんとかやってます(ごめんなさい、絵が進んでません)。

さて、明日は私の誕生日。
明後日は母の誕生日。
先月が妹の旦那さんの誕生日。

と、いうことで。

明日から2日間、震災から2週間経ち道路も
復旧してきているので合同誕生日を兼ねて実家へ帰る予定です。
本当に久しぶりなので会うのが楽しみです!!
他にも何か情報があれば
この目でこの耳できちんと見たり、聞いたりしてきますね!


いってきます★


では、また!




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akieem zawadi

母と娘のシャンソン日記

こんばんわ!
akieem zawadiです。

食べても太らない体になって参りました〜。忙しいためです。
でも運動不足で1kgだけ増えたんですが、体脂肪が3%増えました。
見た目太ってないので、たぶん内蔵脂肪かと.....あぁ恐ろしや。

運動しなくてわっ。

ところで、先週の火曜日連休の振替を取り上京してきた母と妹と3人で
久しぶりに東京散歩を満喫しました。

母が盛岡で習っているシャンソンの先生のかいやま由起さんのバースデーライブが
恵比寿の「アートフレンズ」で行われるので観光がてら妹が付き添いでやってきたのです。
(旅行ができるまでに母が回復している事にビックリするとともに感謝しました。)

私が起きたのが10時。
早起きが日課だったのに.....そうしないと持たないんですよね。
で、そそくさと準備をして東京駅で待ち合わせ。

ブリックススクエアの三菱第一号美術館で何か見ようとしましたが
次回の展示準備のため月末まで閉館。

おなかもすいたし、イタリアンの遅めのランチを頂きました。
ランチコースではなく、さっぱりサラダにバジルと蟹とブロッコリーのパスタ
ボンゴレピザに白ワインで乾杯。

油たっぷりなはずなのに、すっごくさっぱりとしていてとってもヘルシー。
日本のイタリアンみたいにおなかにもたれず、自分には合っていると確信。
窓際に座っている外国人が器用にピザをフォークとナイフで食べていましたが
私たちは上手くできず、手で食べました。

色々話しているうちにあっと言う間に14:30。
そろそろチェックインしようか、という話になりホテルオークラのある赤坂見附へ向かいました。

彼女達の部屋は迎賓館と日本庭園を望む23階にありました。
カーテンを空けたときの絶景といったら!
日が少しだけ傾き、眼下に望む緑が目にしみ込んできて
遠くには新宿のビルが幻想的に浮かんでいました。

ホテルで過ごす時間はあっという間で早めに恵比寿に行って散歩しようという話になりました。
向かうはガーデンプレイスへ。

日はだいぶ傾き取りあえず地下に潜りました。
「あそこに入りたい!」
と私がガンガン突き進み入った場所はデットシーとハーブの天然素材を使用した
「デットシー・スパ・ビューティー」というホームケアショップでした。

死海の塩とハーブティー、ソープ、サプリメントなどを取り扱うお店でした。
前々から気になっていましたが、今回入ってよかったと思いました。
母の病気などを話すうちにそこの店長さん(多分)も同じく癌の経験者である事がわかり、
経験をもとに色々詳しくアドウ゛ァイスを下さりました。
彼女の経験によると死海の塩の風呂やルイボスティーなどを続けるうちに
病状が改善されたというのです。

現代人はミネラルが不足がち。

そんなミネラルを死海の塩は補ってくれ、南アフリカ原産のルイボスティーは
高い抗酸化作用を与えてくれるのだそうです。
そして母にとっても「セレミネラル」というサプリが効きそうである事が分かりました。
私たちはデットシーソルトとルイボスティーを買い1時間はいたであろう店を後にしました。

そして、いよいよメインイベントのシャンソンライブへ。
10分前にして既に席取りが始まり入り口には長蛇の列。

運良く、一番前のピアノの横の大テーブルに陣取り私たち3人はワインで乾杯。
バーニャカウダやラザーニャ、卵のそぼろシーザーなど舌鼓。

母のシャンソン仲間にもご挨拶。
シャンソンは毒々しい生々しい、愛憎の歌が多いせいか
逆に皆面白い方が多く笑いが絶えない。

そしてライブが始まりました。

サムエルだったかな?いいピアノを内山まことさんが奏でかいやま先生がリズムに乗って謳い出す。
ハスキーボイス、迫力、私にとっては初シャンソンでしたが興奮しました。
会場にいる淑女達の艶やかな衣装や厚めの化粧がシャンソンによってそこがまるで
パリであるかのような錯覚を覚えさせそして溶けてゆく。

シャンソンを聞く度に、日本の幼稚性を残した恋愛が恥ずかしくなりました。
酸いも甘いも味わい尽くす、そしてその酸いの部分も包み隠さずに唄にしてしまう。
その成熟した文化が私は大好きになりました。
「こうじゃなきゃ!」
と心で叫んでいました。

壁にかけてある、リトグラフ達も酒と唄、ピアノと歓声のざわめきによっていよいよ
雰囲気を色濃くして行き、そして、スペシャルゲストの登場。

時代劇でおなじみのやのしょうへいさんでした。

渋い渋い声が会場の女性達を蕩けさせました。
渋い声で面白い事を発し、その度に笑いが起こる。
そして、歌はまるでバラードのように切ない。

そのコントラストがこの人の魅力なんだなぁ〜と思いました。
派手でカジュアルな狩人のようななんとも個性的な出立ちの方でした。
帰りがけに握手をしてもらいました。

そして、相席した方々も素晴らしく面白く唄の始まる前、休憩中話が盛り上がりました。
男性1人、女性2人。
女性2人は一人は語り部、もう一人が元女優のシャンソン歌手でした。
とても魅力的で話上手な2人に前とめりになって話込んでしまいました。

恵比寿で2人でライブをやるというのでぜひ呼んでください!とお名刺をいただきました。
素敵なショー、素敵な出会い。

名残惜しさもひとしおでしたが、残り1時間をホテルで過ごす事にしました。
買ってきたルイボスティーを飲みながらテレビをつけ、夜景と交互に見つつ
束の間の家族団らんを楽しみました。

あっという間の12時間。

気付くと時計は12時をさしていました。
まるでシンデレラのように私はホテルを後にして電車の中
今日あった素敵な出来事を思い浮かべ、その度に顔がほころびました。

シャンソンとワイン、そして家族の愛情に満たされた充実した1日に感謝をしつつ
私は静かに目を瞑りました。




追伸 

昨日今日と久しぶりの2連休。
しかし、昨日は部屋の整理やたまった家事を粉なし
気付けばDVDを見て1日を過ごしていました。

これではいかん!と今日は部屋の模様替えのコンセプトを考えと本屋に行ってきました。
あ.......危険。本屋は危険です。

なんせ5時間いても平気な人ですから。

欲しい本をメモし今回は足早に帰りました。
そしてさっぱり野菜炒めとデトックスサルサソースをつくりました。

以前はそれでも料理ということで満足していましたが、だんだんきちんと創作したいと
まったくもって心が満足してくれなくなりました。
仕事が頭を使う仕事に切り替わったせいで、それに比例するように難しい料理に取り組みたい
と思うようになってしまったようなのです。

私は以前、お菓子など作るタイプではありませんでした。
ところが一からケーキを作りたいと思い出している自分がいる。
生クリームを表面に塗り付けたい欲求とかね。

もっとスパイスを揃えたい、新しくオーブンレンジを調達したい、ガスコンロも調達したい........
来月はおそらく設備投資になる1ヶ月になりそうです。
自分でもびっくりです。

それと、スポーツをやりたい。
ずっとやりたかったホルダリングやサーフィン。
そしてドライブも。
ひたすら頭を空にして取り組みたいのだと思います。

心と体にとって気持ちいい事を、したいんですね、きっと。
ま、このブログもおいおいそういう内容にしようとは思ってましたけど
さらに内容が濃くなっていきそうな気もしますね。

絵も含めみなさん、お楽しみに!!


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akieem zawadi

Profile

HN:
Akieem Zawadi
性別:
非公開
職業:
ARTIST
趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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