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こんばんわ。
akieem zawadiです。
ご無沙汰しておりました。

5/4から5/7まで先日のGW中に先日Blogに書いた『Send The Seeds Project』の
皆様から頂いた花の種を陸前高田へ届ける為、久しぶりの実家への帰省も兼ねて
我が故郷岩手県へ小旅行へでかけて来ました。


* * *


今回の旅もご他聞に漏れず、バスの旅。
旅のルートは東京から一関へ向かい、一関から陸前高田へ向かうというもの。
色々と考えたせいか一睡もできないまま一関へ到着。
一関から陸前高田までのバスは1日に2本だけ。
その日は豪雨の為か電車が何本か見送りになっている状況。
12:35までだいぶ時間がある為、その間世界遺産登録となった平泉へ行くことにした。

駅のパン屋さんでサンドイッチとチョコクロワッサンを食べ8:15分の巡回バスへ乗る。
20分程で中尊寺前へ到着。

肌寒く冷たい雨が辺りにどんどんと水溜りを作り、
手に張り付いた水滴は体温を奪ってゆく。
ホッカイロは売店へは売っておらず着てきた革ジャンのチャックを
胸の辺りまで上げ、手もなるべく出さないようにして坂を上ってゆく。

8:00台だというのに既に参拝者が沢山いる。



弁慶堂で手を合わせる。
月見坂に色とりどりの傘の花が咲き、見上げると霞みがかった木々が優しく揺れている。
あまりの美しさに息が止まる。





仲の良い木々は手を繋いでいるみたいに見えほほえましくなり
思わず写真を撮る。



途中、7月に目の手術をする母の為に「目」のお守りを買う。



チケット売り場には長蛇の列が出来ており、購入したチケットでは
金色堂のほかに中尊寺に伝わる文化財・宝物を納めた讃衡蔵も
拝観できるようになっている。
讃衡蔵から拝観する。

外国人観光客を見込んでなのか、仏像や黄金の棺、実際に身に着けていた数珠、
遺体の頭部で凹みが出来ている枕、着用していた衣服のハギレなどが展示され
まるでエジプトのミイラを見ているような気分になる。

中でも入って右側にある千手観音はあまりの神々しさゆえに涙が出そうになった。
金の価値が分からない為に金泥で何十枚という絵巻物が展示されていて
その細密さに驚く。チベット密教の曼荼羅を思い出した。



そしていよいよ金色堂へ。



思っていたよりかなり輝いていた。
昭和の最初に修復されて以来、何もしていないというからキレイに保存されていると
いうことがわかる。こんなに素晴らしい文化建造物が自分の故郷に存在する事を
誇りに思い金色堂を後にする。

「五月雨や振り残してや光堂」

松尾芭蕉と丁度同じ時期に来れたのは何かの導きだったのかなぁと思いつつ
美しく、雨に濡れ瑞々しく輝く緑と年期の入ったお堂とのコントラストを
束の間の間楽しむ。









上の樹は350~400年前からあるもみの樹の巨木。
優しく私を見下ろす樹に「こんにちわ」と挨拶をしてひんやりとした幹に手を当てる。
見上げるとふんわりとどこからか優しい風がふき「こんにちわ」と返すように
鼻のてっぺんに水滴が落ちる。

樹の幹が作り出した階段を下りながら、昔実家近くの森で秘密基地を作り
大きな樹の根っこにもぐった時の記憶をぼんやりと思い出す。



曇っているはずなのに、霧が白く反射してか能楽殿の中は明るく
裾から能役者が今にも出きそうな錯覚を覚える。日本文化の美しさに感動する。
久しぶりに優しい雨と緑に囲まれた歴史建造物に触れた4時間は
眠れぬ夜を過ごした私を癒してくれた。

私は元来た道を引き返すことにした。
月見坂を降りようとすると右手に茶屋が見えたので中に入ると女性3人が
忙しそうにしている。中へ入り話を聞くと一関のパン屋さんで
GW中だけ間借りして店を出しているとのこと。

雨に濡れた看板を書き直してあげて、さらに話をすると気仙沼の仮設住宅へ
訪問する活動を行っているとのことで私のプロジェクトの話をすると
「私もその種が欲しい!!!!」
と女主人のお母さん。活動を陸前高田に限らず、広めていくことを考えていたので
思わぬ助っ人あらわるということで名刺交換をする。

人懐こい笑顔でさくらアンパンをサービスしてくれ
改めて東北人の温かさに触れ私は茶屋を後にした。

しかし、思ったよりも長居したためか一関へ帰るバスと電車は数時間あとしかなく
これでは陸前高田行きのバスには間に合わない。
ようやく捕まったタクシーで一関駅へ向かう。

間に合ったは良かったがバス停には既に長蛇の列。
乗れないのでは...?と冷や汗が出る。
一緒に並んでいるおしゃれな女の子2人連れとおしゃべりする。
東京からGWにとりあえず陸前高田を見てこようと即決したらしく
あれこれと立ち話をするうちにすっかり打ち解ける。

塩でところどころが寂れた岩手県北バスが到着する。
思ったより大きなバスで問題なく乗車できた。
真ん中くらいの場所に人の良さそうな女性が座っていたので
隣に座って道中いろいろ話す。

スマートフォンの電池が切れ、購入した充電器は機種対応しているはずなのに
エラーで充電ができない為に陸前高田のお母ちゃんに連絡が取れない
と話をするとお母ちゃんと年齢が同じくらいだからと、名前と特徴、住んでいる場所を
聞いて同級生達へメールを一斉してくれ、それでも埒が明かず、
今度は妹さんへ電話帳を調べるように支持するメールを出してくれた。
結果的に連絡は取れなかったがこんなにまでしてくれる地元の方の優しさに感激し
お礼をさせていただく。紙ベースの連絡先を持ってこない事がめちゃくちゃ悔やまれた。

と、同時に役に立たないスマートフォンに無性に腹が立った。
何の為の道具なんだと。
人は生き残る為に道具を作ったのではなかったのか?
人間は利便性や娯楽性ばかりを追い求めて肝心な生きる為の道具という部分を
忘れかけているのではないか?という怒りにも似た疑問が
何度も何度も浮かんでは消えた。

2時間かけて陸前高田の市役所へ到着すると職員が居る様子だったので
中へ入って事情を話し、電話帳を引くもご主人の名前を知らない為に
どうしたもんかと気をもんでいると丁度そこへ来ていた市役所のOBの方が
キャリアがauならすぐそこにauショップがあるから
今から連れて行ってあげるとのこと。

助け合いの精神が半端ではない。
被災者だとか、そうじゃないとか関係なく困っている人がいたら助ける。
それが骨の髄まで行き渡っている、これが岩手の人間なのだと改めて感激する。

ようやくauショップで充電しお母ちゃんへ電話すると
2件隣の「さとう製菓」にいるという回答。
ショップの店員さんへお礼を言ってすぐ店を出ると
あの明るい笑顔にようやく出会えた。

お母ちゃんは「あや、久しぶりだこど~!」と、とても元気な模様。
しかし先月末連絡したときにはお姉さんが危篤状態だからということで
花の種だけ渡したらすぐに盛岡へ向かいます、という内容を話していたので
そのつもりでいると「今日、泊まってきなさい。大丈夫だから。」という返事。
不思議に思って尋ねるとお姉さんは先月亡くなってしまってバタバタしたが
私が来た日が丁度初七日で既に落ち着いているとのこと。
悪いから....という話を切り出すも問題ないし、次の日にはお孫さんが来るから
子守してちょうだいと逆に要望があったのでお言葉に甘えて1泊させてもらう事にした。

その日、プレハブで作られた市役所では1本松の展示イベントを行っていたので
お母ちゃんとご主人と3人で展示品を見に行く。
その前に記念撮影。



ここで初めてご紹介、陸前高田のお母ちゃん事
佐藤君子さんとご主人の利一さん。
本当に仲の良い明るいご夫婦。



私とお母ちゃんも一緒にパチリ。





所狭しと1本松に纏わる品が沢山並べられている。



こちらは岩手出身のサッカーの日本代表選手にも選ばれた小笠原選手の
サイン入りユニホーム。









そして、絵や書なども展示されている。



やなせたかしさんのイラスト。
右側の記念銀硬貨の重さは31.1gすごく重みを感じる数字に思えた。



そして、1本松のクローンがこちら。



2007年に写されたこの写真の真ん中に見える黒々とした部分がすべて松の雑木林で
その中の1本しか残ってないと考えると本当にこれは奇跡としかいいようがないと
自然の強さを感じずには居られない。



外には子供達の絵や文字が書かれたのぼりがはためいていて
グレー色の空に彩りを加えていた。



私を乗せた利一さんの運転する車は昨年の10月以来7ヶ月ぶりに
ボランティアをした広田海岸へと入っていった。
以下が2012/05/04現在の陸前高田の様子である。









これらは海ではなく、水はけの悪い更地に
豪雨の為雨水が溜まった状態になっているのだ。
たった3日でこの有様だ。







確かに以前より減ってきている瓦礫の山。
しかし、受け入れ反対・賛成を繰り返すTVだけ観ているだけでは
この山がなくなるのがだいぶ先である事には気づくことはできないだろう。



緑の囲いのある中で瓦礫処理が行われているがよく観ると
雨水でショベルカーが水中に埋もれているのが分かる。
これではなかなか作業は進まないと思われる。













そして、この多くの建物は1年たった今も尚被災したままの状態をとどめている。
この半壊した建物をいったん壊し更地にして再建してゆくことを考えると本当に
気が遠くなり眩暈さえ起こしそうになった。

この建物を見る為に県外から見に来る人の車がいたるところに停車していたが
後で紹介する君子さんの息子さんは
「見て何か感じて帰ってくれたらいいんだけど...」と漏らしていた。
県内でも盛岡などの被害のない内部と被災した土地では温度差があり
現状を理解されにくいのだと話していた。

切ない思いで街を眺めているとふいに懐かしい場所が目の前に現れた。
私達が耕した場所だ。小さな黄色や赤の斑点が見え、それが大きなチューリップの
花々だということに気づくまでには然程時間はかからなかった。

私達は車を降り、立派な花畑になった土地をゆっくりと見回した。
そして遠くに小さな2人の子供とそのお父さんらしき人が見えた。
「あれがマゴタヂと婿と息子だ~。」
とお母ちゃん。キャッキャとはしゃぐ子供達があっという間に走って近づいてきた。







パンジーとチューリップが見ごろで空いている場所に球根を植えて欲しいと
お願いしてみた。

花畑の前で記念撮影。



左から、娘さんの旦那様、お母ちゃん、息子さん、ご主人、しゅうちゃん、はるちゃん。
しゅうちゃんのお母さんのミホさんは私とほぼ同年代。
残念ながら津波の犠牲になり行方不明で未だご遺体は見つかっていない。

それでも、しゅうちゃんは明るい笑顔でみんなを最高に
HAPPYにしてくれるかわいい存在。
はるちゃんは息子さんのお嬢ちゃんでしゅうちゃんのお姉さん的存在。
一緒に居ると本当に2人を家族みんなでかわいがっているのが分かる。



akieemも一緒にパチリ。





絆ボードに私もスマイルくんを描いてみたり。
お孫ちゃんたちとおしゃべりしたり。





ねぎやアスパラなんかも育てているらしく、セシウムの影響は大人だけであれば
食べても問題ないだろうと夕飯に畑で取った野菜が並ぶ事もあるとのこと。



しかし、畑を掘り起こせばすぐにこんな瓦礫の破片は簡単に掘り出せる。
次回は瓦礫の掘り起こしをまたやって欲しいと頼まれる。
今度は仲間を連れてきます!と返答する。

すぐ近くの高台の家へ到着すると買ったものを家に運ぶ。
庭から海を見下ろした風景がこちら。
この画像を覚えておいて欲しい。



玄関を見るとマジックで線がひいてある。
津波がココまで来た、という印を付けているのだとか。
お母ちゃんの背を遥かに超える所まで波が押し寄せていたのだ。





みんなで夕食の準備をする。
働き者のお婿さんは常に動いていてとってもいい人。
息子さんは麺好きでラーメンからパスタ、蕎麦打ちでもなんでもこなす
料理好きのパパなんだとか。

この日は東北ではお馴染みのたらぼの天ぷらとたっぷりと三つ葉の入ったかきあげ、
からあげやご主人がさばいたイカのお刺身がメインで竹の子ご飯におうどん、
そしてビールで乾杯しました。



そのあとGWにお祝いする予定の
はるちゃんの誕生日ケーキの飾りつけをお手伝い。





9歳おめでとうはるちゃん!
チョコペンで文字を書いたり、チョコピーで枝作ったりで
かわいいケーキの出来上がり!!
ちっこいlegoみたいなブロックの東京タワーと一緒にパチリ。



その後に花種を贈呈。
しばし、お子ちゃまたちがどの花がいいかとちょっとした取り合いになる。
今度はいくつか種を指定してまとめてあげたほうがいいかな、などと考える。





おかあちゃんも、お孫ちゃん達も大喜びしてくださる。
「みんなにお礼いっておいてくださいね。」
とのこと、もちろん!と返答する。

その後におもむろにご主人の利一さんが写真を出してきた。
出してきたのは津波の写真で逃げながら撮った生の写真だという。



先ほど覚えておいて欲しいといった庭からの眺めの写真。
ここに写っている家々はすべて流されてしまったとのこと。



ご主人はおばあちゃんを連れて逃げ助かり、お母ちゃんは美容院で助かり
しゅうちゃんは幼稚園で助かり、お婿さんは仕事場で助かった。

話では、佐藤家は一度過去の津波で家が流されて
今の高台へ住みかを写しているとのこと。
過去の教訓をちゃんと生かしたからこそ、根こそぎもっていかれた
陸前高田で助かることができたといっても過言ではない。
もっと多くの人に語り継いでいかなければと心に決める。

今度は仲間も一緒に開花時期に見に来たいな....と耽っているのも束の間
「おねーちゃんと一緒にお風呂に入る~!!!」
の大合唱とおんぶ攻撃が始まり、お孫ちゃんたちと一緒にお風呂に入る事に。

しゅうちゃんは女の子が好きでだっこやおんぶなどスキンシップが大好き。
おさるさんみたいにジャンプして抱きついてくるが軽いのでひょいと持ち上がる。

彼らにとってお風呂場は遊び場。
ラッパで作ったあわあわで小さな温泉「タピオカの湯」を開店させて浸かったり、
お風呂の端に立ちあがってジャンプしたりと滑りはしないか、湯冷めしないか
と目を見張りながら一緒に参加する。

お姉さんのはるちゃんは自分で体と頭を洗って
タピオカの湯に浸かったりして楽しんでいる。

一方、しゅうちゃんは甘えん坊で体を洗って欲しいとのこと。
かわいいなーと思いながら優しく洗う。
目に水が入るのが嫌なのか、髪を洗わないつもりでいたようだけど
優しく洗う事を約束したら「じゃ、洗おうっかな~!優しくね、優しく」と笑顔。
体に捕まって私を見上げた状態でゆっくり顔にかからないようにして
お湯を注ぐと小さな手がこわごわ耳を塞ぐ。
その仕草がかわいくてしょうがない。
上手に出来てニコニコのしゅうちゃん。ご褒美にほっぺにチューをして
お膝に乗せてあげたら、照れたのか静かになる。

男の子と女の子の違いを見て面白いな~と思いながらお風呂から上がり
二人の髪の毛も乾かしてあげた。
自分の子供ではないのだけど、改めて私は子供が大好きなんだなーと
気持ち良さそうな二人の横顔を見ながら目を細めた。

2階に用意されたお部屋へ男女別れて眠る。
はるちゃんと食べ物の話ばかりしていた。
どこへいても食いしん坊は変わらないのだなーと思いながら眠りに就く。


* * *




子供の日の朝、摘んだアスパラで朝食を頂く。
食後には前日に作ったケーキをみんなで食べる。
こうした、なんでもない幸せな時間が本当に大切なんだなと
ケーキを頬張る子供達を眺める。



歯を磨きながら、お婿さんに
「大丈夫ですか?もしできることがあればおっしゃって下さいね。」
と声をかけると
「ボクは大丈夫です。しゅうがいるから。」
子は宝、その気持ちがいっぱいいっぱいに含まれた一言だった。
息子さんも、お婿さんも子供を本当にかわいがっていて素敵なパパ達。

わかめ漁師の利一さんからわかめの茎をありがたくいただく。
帰ってお料理するのが楽しみになる。





凛々しいね、海の男お父さん。
おばあちゃんにお世話になりましたの握手をする。
柔らかくておばあちゃんの優しさが滲み出てる手だった。


* * *


子供の日のこの日、高田には日本丸が来航しており
わんぱくの森でイベントをやっているからそこへ遊びに行く。





大きな日本丸。
イベント会場には今もこんな場所が残ったまま。





このこいのぼりが棚引く展望台も破壊されて立ち入り禁止になっているが
子供達はそんなの気にしない。新しい遊びを思いつく。
その名も「こいのぼりのつかみ取り」。
暴れん坊のこいのぼりは容赦なく逃げたり、顔をひっぱたいたりしてきて
捕まえるのが大変。キャーキャー言いながら捕まえる笑顔は最高の宝物。









時間を忘れてずっと遊び続ける。
すっかり気分は子供。「風とこいのぼりと遊んだね!」の一言、
子供には目に見えない何かがやっぱり見えてるんだなーと感心する。

わんぱくの森ではブランコに乗ったり、200mのローラー滑り台に乗ったり、
金魚すくいをしたり、綿あめを食べたり、ジャンケンでぬいぐるみもらったりして遊ぶ。

ローラー滑り台は意外とハードで後でおしりがひりひりして、
腹筋を鍛えられるような大人の遊びとしても意外と
通用する怖さを持ち合わせた遊具だった。
侮ってはいけないと思いつつも、2回滑った。

あっという間のひと時。
帰りは急行バスを使う予定だったが息子さんの車で一緒に盛岡へ
送って頂く事になった。

帰りの車の中、はしゃいだはるちゃんはぐっすりと眠り
息子さんと盛岡まで色々と話しながら帰る。
地震直後の様子、まさか自分がこんな地震に巻き込まれるとは
思わなかったこと、ボランティアの熱意を尊敬していること。
他の地方で同じような災害が起こった時には出来る限りで恩返しをしたいこと。

など話を伺い、次郎ラーメンを自宅で作るくらいラーメン好きな息子さんから
東京のおいしいラーメンやさんを教えていただく。
やはり、食べ物の話は尽きない。

そうこうするうちに盛岡に到着。
懐かしい町並みに心がふっと解ける。
自宅近くのコンビニまで送っていただく。
お礼を言い、はるちゃんの顔を見ると悲しそうに私を見つめる。
「寂しいんだよな?」
とパパが言いながら頭をなでる。
子供って本当にかわいいなーと思いながらも手を振って送り出す。


* * *


懐かしい我が家で母と再会。
自宅ご飯で乾杯。
父も遅れて民生委員の話し合いから帰ってくる。
やっぱり家族はいい。
その日はゆっくりと眠りについた。

次の日、久しぶりの墓参りを済ませるとお寿司を食べて
雷雨の中一本櫻を観に行く。
ピンクの雷はまるで龍のように空にうねりながら現れては消える。
しかし1本桜の前に立つと嘘のように雨も弱まり雷も静まった。



その後、母の兄が脳梗塞入院している病院へ向かった。
小脳の梗塞はなかなか気づかない事が多いそうで
梗塞があってから10日後に発見されたとのことだったが
入院してリハビリ科の対応がまずかった為
寝たきりになってしまったのだという。

私は入院してから病状が悪化する事もあるのだという事を知った。
と同時に伯母の無念さ、医者である従兄の悔しさや覚悟など思うと
遣り切れない気分になった。
従兄は入れ違いに帰ったとのことだが、12時間ずっと語りかけていたという。

私が訪れた時に「おとうさんの恋人がきたわよ~」という伯母の声に
顔が綻び、口の端に笑が見て取れた。
手を握り、さすりながら
「おじちゃん、アキだよ、分かる?
早く元気になってお家の周り散歩して一緒にお酒飲もう。」
といったら閉じた目を開けしっかりと私を見つめたと思うと
何か言うように口を動かし息を吐く。
そして足をこちょがすと「わ~」と声を出す。
たぶん、やめろといっているのだろう。

父も「オレも来たよ~分かるっか~?」
と声をかけて腕をさすると、今度は父を見つめ真剣な顔でうなずく。
今日は刺激が多いから反応も大きいが昨日は反応が薄くて寂しかったという伯母。
壁には伯母が作った布の押し花がいくつか飾ってあって
「お父さんがこっち向いたときに見てくれるかなと思って。」
と言うと可愛らしく微笑んだ。
長く連れ添った夫婦の相手を愛しむ姿が本当に切なかった。

オムツを替えてぐっすりと休む伯父に挨拶をして雨の中伯母の家へ急ぐ。
移転した岩手医大の文字が大きく目に飛び込んでくる。
沢山の花々が咲き乱れ晴れた日にお庭で
今度お茶しようと伯母からのお誘いがある。
寂しさが募る中、笑顔で手を振って別れる。

母の妹である伯母から今夜はご馳走してくれるというので
盛岡へ戻り以前から行きたかった老舗の蕎麦屋へ入ってみた。
しかし、味はいいもののサービスが悪い....
非常に残念な思いでお口直しにCube2の「はたや」という
盛岡では有名な喫茶店の分店へ入ってみた。
店員さんのふっくらとした笑顔と丁寧な説明に心が和む。



ケーキセットを食べながらいろいろな話をする。
母はGW限定のスイーツセットにご満悦の模様。
伯父の話、私の絵の話、伯母の近況などなど....
最後に「アキが今回来れて良かった。何時、何があるか分からないから...」
という母の言葉に今まで抑えてきた思いが噴き出してきて思わず
ウッと声を詰まらせると、母も伯母も同じく声を詰まらせる。
閉店時間を過ぎてもニコニコとしている若い店員さんにお礼をして店を後にする。

普通ならば結婚せい!と言われてもおかしくないのに
絵を仕事にしたいというこの年齢の私を心から応援してくれる母、伯母、そして父。
心から私を信じてくれる家族に心から感謝の気持ちで一杯になった。
帰宅すると妹が旦那様と友人の那須の別荘から帰って来たから土産を渡したいと
やってきていた。私へのお土産はステンドグラス美術館の可愛い壁掛け。
私の部屋に合いそうな柔らかい色彩だった。
翌日、家族みんなでご飯を食べようということになり、
彼らは実家近くのアパートへ帰っていった。

寝る前に見たエンタメ番組では二股男が取りざたされギャーギャーと騒いでいた。
陸前高田のお母ちゃん夫妻や伯父と伯母、そして私の父と母という
目に見えない深い絆で結ばれた夫婦の姿を目にしている私には彼の姿は
チープで陳腐な茶番にしか見えなかった。
本当の「愛」の重みってそんなもんじゃないでしょーよ、と思いながらTVを消した。


* * *


翌日は今までになく晴天になり、auショップで充電してもらいつつ街を散歩した。
チチカカでかごバックを買い、駅地下で生ジュースを飲み、スパイスを購入する。
東京とやることは変わらない自分に気づいて、海外に行っても
きっとすることは変わらないんだろうなと思うと笑いがこみ上げてきた。



川と山が街中から映せる場所はそう多くはない。
自然が美しい盛岡はやはり愛すべき街だなーと材木町へと散歩の足を伸ばす。









久しぶりの「光源社」へ入る。
日本中の手仕事の作家ものの商品が所狭しと並ぶ盛岡では有名なお店で
南部鉄瓶や食器などもおいてあり全国からファンが後を絶たない。





壁には宮沢賢治の詩が書いてあり独特の雰囲気はにはまる人も多いとか。
お茶するスペースもいい雰囲気で味もいい。オススメの場所だ。
一旦家に帰り駅へ向かう。

震災について書いている作家さんが盛岡を訪れているとの事で聞きに行く。
やっぱりこの人は命に対する考え方、目線が自分と一緒だと思った。
アナログで繋がる事が今後の復興に一番大切だという意見、私も強く同感した。
そして本に登場してくる方との温かい繋がり。
彼は東京の人だが、どこか目の奥に優しさを秘めている。
東北人の底のない優しさや愛情を彼は感じたままきっと本に封じ込めたのだと思った。

講演が終わって駅地下でご飯をしていると偶然その作家さんも
同じ店に入って来たので家族を紹介した。
なんだか不思議な感じだったけど初めて会った時の様に握手をしてもらった。
やっぱり優しい手だった。手は嘘をつかない、これが私の持論。
だから握手をしてみると素直なその人に出会える。

この旅は本当に人の手に触れる機会が多かった。

子供達が手繋ぎを求めるの小さく可愛らしい手、
陸前高田のおばあちゃんのふんわりした柔らかい手、
伯父の力強いが少し弱った手、
ごつごつした毛深い父の手、
皺はあるけどソフトな母の手、
そしてものを生み出す優しい眼を持った作家さんの手。

その温もりすべてが私のこの旅の思い出になった。
物ではなくて、その瞬間の言葉や想いや温もりにしか「今」は存在しない。
約束をするときに指きりげんまんを使うのも、もしかしたら
その温もりを信じるということなのかもしれない。
「今」この瞬間の温もりを信じる事が「生きる」という事なのかもしれない、と思った。

約束も温もりも目に見えないけれど、これほど「絆」を感じられるものはない。
陸前高田のお母ちゃんと約束した花の種を渡すプロジェクトの旅はいつしか
「命」の温もりを確かめる旅となった。

血の繋がった家族だろうと、血が繋がってない家族だろうと
同じ人間である限りお互いの温もりを感じあって
お互いの存在を尊重し支えあって生きてゆきたい。

そんな誓いにも似た想いが私の中に生まれた。
間違いなく今回の旅は私を成長させ、
そして素直に自分の遣りたい事を
実現するきっかけの旅になった。


この旅に協力して下さった全ての方に感謝の気持ちを
捧げこの日記を終わりにしたいと思います。
長い長い日記を最後までお読みいただきありがとうございました。








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akieem zawadi
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Akieem Zawadi
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趣味:
散歩 ・小説書・ 涙を流すこと
自己紹介:

海外のファンが多く、色彩感覚と切り取る目線がその人気の鍵。

日々の考えや恋愛、食べ物、読み物、音楽、アートとあらゆることに関してエッセー調に書き綴っている。

夢は、世界中の夕日と朝日を愛する+1と見に行くこと。世界中のあらゆる食べ物を食べ歩くこと。

 

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